十三 初陣
奈落落ちがカトマンズへ到達するまで、残り二時間弱。
敵戦力は、およそ五万人。
狂花はサノラムから借りた部屋で、すぐに作戦会議を始めた。
「傭推。敵のアジトを叩け。ついでにボスも潰してこい」
「了解です、ボス」
短く応じ、傭推は静かに頷いた。
「サヤ、UNA、輝、それと白馬。四人で主力を迎え撃て」
「りょーかい」
サヤが軽く手を挙げ、他の三人もそれぞれ応じる。
そのとき、ミナサが一歩前に出た。
「……白馬が行くなら、私も行きたいです」
だが狂花は、即座に首を横に振る。
「駄目だ」
その一言に、空気が張り詰める。
「白馬に戦場を理解させる。それが今回の目的だ。お前が側にいたら意味がない」
迷いのない声音だった。
ミナサは唇を噛み、俯いたまま何かを呟く。
「いつかこの女、ボコる」
その様子に、白馬は少しだけ背筋が冷えた。
狂花は白馬の顎に指をかけ、軽く持ち上げる。
「白馬」
至近距離で、真っ直ぐに目を覗き込まれる。
「お前は——人を殺せるか?」
いずれ来る問いだと、どこかで分かっていた。
「……わかりません」
それが、今出せる唯一の答えだった。
狂花はしばらく黙り込み、小さく息を吐く。
「そうか。なら少し話しておくか——“罪”について」
「罪……ですか?」
白馬は首を傾げる。
「罪には二種類ある。意識的な罪と、無意識的な罪だ」
狂花はゆっくりと言葉を選びながら続けた。
「まずは意識的な罪。自分の意思で犯す罪だな」
少し間を置く。
「“死んでいい命はない”——そういう言葉があるが、私はそうは思わない」
白馬は思わず顔を上げた。
「例えば、自分の大切な人が理不尽に殺されたとする。犯人が法で裁かれたとして……それで納得できるか?」
胸の奥に、両親の記憶が浮かぶ。
「……無理だと思います」
狂花は頷いた。
「だろうな。犯罪の多くは未然に防げない。起きてからじゃ遅いんだ。
失ったものは戻らない。どれだけ償っても、罪は消えない」
静かだが、重い言葉だった。
「戦場で、自分が殺されそうになったらどうする?」
「……」
「相手を殺すしかないだろ」
その現実を、狂花は淡々と突きつける。
「それに、大将を潰せば戦争は早く終わる。結果的に味方の被害も減る」
白馬は何も言えず、ただ聞いていた。
「人は分かり合えない。だから戦争が起きる。
話し合いで解決できないから、暴力で解決しようとする」
狂花は小さく笑う。
「理不尽だろ?」
「……はい」
「でも、それが現実だ」
そして一度区切ると、話を続けた。
「次は無意識的な罪」
「無意識……」
「人は、生きているだけで罪を重ねる」
白馬の眉がわずかに動く。
「食べる、奪う、支配する。全部そうだ。
人間以外の生き物には、ほとんど権利がない。なぜだと思う?」
「……考えたこともありません」
「人間中心主義であるということ」
狂花は即答した。
「人間は、自分たちが特別だと思っている。
だが実際は——一番身勝手で、欲深い生き物だ」
その言葉には、どこか諦めにも似た響きがあった。
「罪を犯す人間の多くは、
どこかで歯止めが壊れている普通の人間なんだ。
だがな——中には、どうしようもない“絶対悪”もいる」
そして、狂花は白馬を見据える。
「私たちはテロリストだ。ルールを壊す側の人間だ」
白馬は、その言葉をゆっくりと噛みしめた。
「……革命家も、テロリストなんですか?」
「結果次第だな」
狂花は即答する。
「成功すれば正義、失敗すれば悪。
歴史なんてそんなもんだ」
乾いた笑みを浮かべる。
「私たちも人を殺している。綺麗な死に方はできないだろうな。
しかし最高にハッピーじゃないか?生きたいように生きて死ぬ。
それが、外で生きるということなんだ。一緒に理不尽をぶっ壊そうぜ♡」
そして、ほんの少しだけ柔らかい声になる。
「だが白馬——お前は間違えるな」
その表情は、どこか寂しげだった。
白馬は強く頷く。
この人たちは、きっと多くのものを背負っている。
ふと、思い出したように口を開いた。
「傭推さん、一人で大丈夫なんですか?」
狂花は一瞬きょとんとした後、吹き出した。
「問題ない。あいつの能力を知らないのか?」
「能力……ですか?」
「影成り、だ」
狂花は楽しげに説明する。
『明るい場所なら、あいつは影そのものになる。ダメージは一切通らない。影は武器にもなるし、そのまま締め上げることもできる。
移動速度は時速四百キロ。まあ、止められる奴はそういない』
白馬は目を見開いた。
「……強いですね」
「ただし弱点もある。暗所では使えないし、精神が乱れれば解除される」
それでも十分すぎる能力だった。
狂花は大きく欠伸をする。
「話は終わりだ。準備して行け」
そして、白馬の背中を軽く押した。
仲間たちも順番に肩を叩いていく。
「頑張れよ」
「無茶すんなよ」
最後に、狂花が笑った。
「——死ぬなよ」
その言葉を背に、白馬は歩き出す。
まだ何も分からない。
だが、この変な人たちとなら——
世界すら、変えられる気がした。




