十二 新たな波乱
プライベートジェットで十三時間。
僕たちはネパールへと降り立った。
目的地――カトマンズ。
だが、街に入った瞬間、違和感が走る。
(……静かすぎる)
人影はない。
それなのに、視線だけが無数に突き刺さる。
息を潜めた気配が、そこら中にある。
嵐の前みたいな――嫌な静けさだった。
その時。
「止まれ」
狂花の一声で、全員の足が止まる。
次の瞬間、建物の影、路地の奥、屋根の上から――
人、人、人。
僕たちは一瞬で囲まれていた。
「……やられたか」
白馬が呟くと、人垣が左右に割れる。
現れたのは、一人の初老の男だった。
仕立てのいい服。無駄のない所作。
この場において、異様なほど“整っている”。
男は深く頭を下げた。
「ご無礼をお許しください。私はシバ・サノラムと申します」
狂花は一歩も動かない。
ただ静かに、刀へ手を添える。
「で? その大層な出迎えはなんだ」
「……私は、この国の大臣を務めております」
「大臣が直々に、ね」
空気が一段、張り詰める。
「貴女様はGod Killerの狂花様でお間違いありませんね」
「だったらどうした」
サノラムは、さらに深く頭を下げた。
「お願いがございます」
「……ほう?」
「どうか――この国を、お救いください」
その言葉に、周囲の人間も一斉に頭を下げる。
地面に擦りつけるほどの、必死な姿勢だった。
(……本気だ)
白馬は息を呑む。
狂花は冷めた目のまま問い返す。
「“救う”とは、具体的に?」
サノラムの顔に、苦悶が滲む。
「我が国は間もなく、“奈落落ち”と呼ばれる反乱軍に制圧されます」
「反乱軍、ね。目的は?」
「……娘です」
その一言で、空気が変わる。
「娘――シバ・リナ。彼女の能力を狙っている」
「能力?」
「氷水炎雷……四属性を扱う異能です」
狂花の目がわずかに細くなる。
(なるほどな)
横で白馬は、言葉の意味よりも空気の重さに圧されていた。
「それを守れ、と」
「はい」
「断れば?」
一瞬の沈黙。
そしてサノラムは、覚悟を決めた目で言い切る。
「この国の地下に仕掛けた爆弾を起爆します」
空気が凍る。
「……道連れか」
「我々は、それほど追い詰められております」
狂花の殺気が、わずかに漏れる。
「脅しのつもりか?」
「違います」
即答だった。
「これは――覚悟です」
その場にいる全員の顔が、それを証明していた。
嘘はない。
逃げ場もない。
ただ、“縋っている”。
狂花は小さく息を吐く。
「……なるほどな」
そして、ふっと笑った。
「その上で、私たちを頼るか」
サノラムは何も言わず、ただ頭を下げ続ける。
狂花は少しだけ空を見上げ――
(白馬の実戦訓練には、ちょうどいいか)
そう結論づけた。
「いいだろう」
その一言で、場の空気が弾けた。
「力を貸してやる」
歓喜と安堵が一斉に広がる。
地面に伏す者すらいた。
「ありがとうございます……!」
「礼は結果を出してからにしろ」
狂花は背を向ける。
「案内しろ。詳しい話を聞く」
「はっ!」
こうして――
僕たちは、思いもよらぬ“戦場”へ足を踏み入れることになった。




