第八話 選ばれなかった騎士
魔物との戦いから、数日が過ぎた。
アルジェナはいつものように、朝から剣を振っていた。
「せいっ!」
アルジェナが木剣を振り下ろす。
「もう一度」
「うん!」
アルジェナは構え直した。
「せいっ!」
今度は、前よりも速い。
ヴァルドは黙ってその動きを見ていた。
「……少し良くなったな」
「ほんと?」
「ああ」
アルジェナは嬉しそうに笑った。
けれど――
「まだ遅い」
「……う」
「魔物は待ってくれないぞ」
「……分かってる」
アルジェナは頬を膨らませながら、もう一度木剣を構えた。
そんな様子を見ながら、ヴァルドは小さく笑った。
「今日はここまでだ」
「え?」
「少し休め」
ヴァルドは木剣を置いた。
アルジェナも木剣を置き、額の汗を拭う。
「……私、強くなった?」
「ああ」
ヴァルドは即答した。
「半年前とは比べものにならない」
アルジェナは嬉しそうに笑った。
「……そっか」
「だが――」
ヴァルドは続ける。
「強くなることだけを考えるな」
「……?」
「昨日より強くなったなら、その分だけ守れるものも増える」
アルジェナはその言葉を聞いて、小さく頷いた。
二人は家へ戻った。
簡単な朝食を済ませていると、アルジェナがふと口を開いた。
「ねえ、ヴァルドさん」
「なんだ?」
「ヴァルドさんって……どうしてそんなに剣が上手なの?」
ヴァルドの手が止まった。
「……昔、剣を使う仕事をしていたからだ」
「兵士?」
「ああ」
アルジェナは目を輝かせる。
「お父さんと同じ?」
「少し違う」
ヴァルドは答えた。
「俺は、聖騎士だった」
「……聖騎士?」
アルジェナは聞き返した。
「聖騎士って、聖剣の勇者を守る人?」
「それも仕事の一つだ」
ヴァルドは静かに答える。
「魔物と戦い、人々を守る。それが聖騎士だ」
「じゃあ……すごい人だったんだ」
「昔の話だ」
ヴァルドは苦笑した。
アルジェナは少し考える。
「……じゃあ、どうして辞めたの?」
ヴァルドはしばらく黙っていた。
やがて――
「聖剣に選ばれなかったからだ」
「……え?」
アルジェナの手が止まる。
ヴァルドは静かに続けた。
「俺は昔、聖剣の勇者候補の一人だった」
「勇者候補……」
「ああ」
「じゃあ……ヴァルドさんも、勇者になれると思われてたの?」
「周りは、そう思っていたらしい」
ヴァルドは少し遠くを見るような目をした。
「長い間、聖剣に選ばれるために戦っていた」
「でも……」
「選ばれなかった」
アルジェナは俯いた。
自分も――
いつか神に選ばれないかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
「……悔しくなかったの?」
アルジェナが尋ねる。
ヴァルドは少しだけ考えた。
「悔しかったさ」
意外な答えだった。
「俺だって、人間だからな」
「……」
「長い間、努力してきた。周りからも期待されていた。それでも選ばれなかった」
ヴァルドは自分の手を見る。
「最初は、自分には価値がないんじゃないかと思ったこともある」
アルジェナは黙って聞いていた。
「でもな」
ヴァルドは顔を上げる。
「選ばれなかったからといって、人を守れなくなるわけじゃない」
アルジェナの目が少し大きくなる。
「……神様を恨まなかったの?」
「恨んだこともある」
「え?」
「一度も恨まなかった、なんて綺麗な話じゃない」
ヴァルドは苦笑する。
「だが、考え方を変えた」
「どうやって?」
「聖剣に選ばれなかったなら――自分の剣で人を守ればいい」
アルジェナは黙ってヴァルドを見る。
その言葉は、父が昔話してくれた言葉とよく似ていた。
強さだけでは、勇者にはなれない。
人を守ること。
怖くても前へ進むこと。
アルジェナはふと、窓の外を見る。
深い森が広がっている。
「……そういえば」
「ん?」
「ヴァルドさんは、どうしてこんな森に住んでるの?」
ヴァルドは窓の外へ目を向けた。
「魔物が出るからだ」
「……え?」
アルジェナは思わず聞き返した。
「魔物が出るから?」
「ああ」
ヴァルドは頷いた。
「俺がこの森に住み始めたのは、聖騎士を辞めた後だ」
「普通なら、魔物がいる場所なんて避けるんじゃないの?」
「普通ならな」
ヴァルドは少し笑った。
「だが、俺ならこの森の魔物くらいは対処できる」
「……」
「それに、ここにいれば森から町へ向かう魔物にも気づける」
アルジェナは目を見開いた。
「じゃあ……ヴァルドさんは、森にいる魔物から町を守ってるの?」
「大げさに言うな」
ヴァルドは肩をすくめた。
「ただ、放っておけば人里まで来る魔物もいる。それを少し減らしているだけだ」
「……それって」
アルジェナは小さく笑った。
「人を守ってるんじゃないの?」
ヴァルドは少し黙った。
そして――
「……そうかもしれんな」
そう言って、静かに笑った。
アルジェナはその言葉を聞きながら、ヴァルドを見る。
聖騎士を辞めても。
聖剣に選ばれなくても。
この人は、人を守ることをやめていなかった。
「……ヴァルドさん」
「なんだ?」
「私も……選ばれなかったら?」
ヴァルドはアルジェナを見つめた。
「その時は、その時だ」
「……」
「選ばれなかったからって、お前が何者でもなくなるわけじゃない」
アルジェナは父の剣を見る。
そして、自分の手を見る。
「……私、やっぱり勇者になりたい」
「そうか」
「神様に選ばれるかどうかは……まだ分からない」
アルジェナは小さく拳を握った。
「でも、私は人を守れる人になりたい」
ヴァルドは静かに頷いた。
「それでいい」
「……いいの?」
「ああ」
ヴァルドは立ち上がる。
「なら、剣を握れ」
「……うん!」
アルジェナも立ち上がった。
二人は家の外へ出る。
森の中には、朝の光が差し込んでいた。
アルジェナは木剣を握る。
「今日もお願いします!」
「ああ」
ヴァルドは木剣を構えた。
「昨日より厳しくするぞ」
「負けないから!」
アルジェナは笑った。
選ばれなかった騎士と――
まだ何者でもない少女。
二人の剣が、再び森の中で交わった。




