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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第六話 受け継がれた剣

翌朝。


アルジェナは、まだ薄暗い森の中にいた。


手には一本の木剣。


昨日まで握っていた父の剣とは違い、こちらはアルジェナの身体に合わせた大きさだった。


「構えてみろ」


ヴァルドが言う。


「……こう?」


アルジェナは木剣を両手で握り、構える。


ヴァルドは黙ってその姿を見つめた。


「……なるほど」


「?」


「誰かに教わったな」


「お父さんに」


アルジェナは答えた。


「昔から、木剣で一緒に練習してたの」


ヴァルドはアルジェナの構えを見る。


足の位置も、剣の握り方も、八歳の子供としては悪くない。


「基礎はできている」


「ほんと?」


「ああ。少なくとも、何も知らない素人ではない」


アルジェナは少し嬉しそうに笑った。


「お父さんが教えてくれたから」


「そうか」


ヴァルドは木剣を構える。


「なら、その続きを俺が教えてやる」


「……続きを?」


「ああ」


ヴァルドはアルジェナの構えを指差した。


「悪くない。だが、実戦では少し隙が大きい」


「隙?」


「そうだ。そこを直す」


アルジェナは真剣な顔で頷いた。


「……お願いします!」


「よし。まずは一度、俺に向かって振ってみろ」


「うん!」


アルジェナは父から教わった通りに踏み込み――


「やあっ!」


木剣を振り下ろした。


ヴァルドは軽く受け止める。


「……なるほど」


「どう?」


「悪くない」


ヴァルドは木剣を下ろした。


「父親から、ちゃんと教わっていたようだな」


「……うん!」


アルジェナは嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、次はその剣を――戦うための剣に変えていくぞ」


「……!」


アルジェナの目が輝いた。


「もっと、強くなれる?」


「ああ。だが、その前に一つ覚えておけ」


「なに?」


「剣は腕だけで振るものじゃない」


ヴァルドは自分の足元を指した。


「足、腰、身体全体を使う」


アルジェナは頷く。


「お父さんにも言われた」


「なら話は早い」


ヴァルドはアルジェナの足の位置を少しだけ直した。


「お前の父親は、ちゃんと教えていたようだな」


「……うん」


アルジェナは嬉しそうに笑った。


父に褒められたような気がした。


「では、もう一度だ」


「うん!」


アルジェナは構え直した。


「せいっ!」


木剣を振り下ろす。


今度は、先ほどよりも身体が安定していた。


「もう一度」


「せいっ!」


「もう一度」


「せいっ!」


何度も木剣を振る。


父から教わった基礎を、ヴァルドが少しずつ修正していく。


足の位置。


身体の向き。


剣を振る速度。


相手との距離。


アルジェナは必死に覚えていった。


やがて――


「……はぁ……はぁ……」


アルジェナの腕が震え始めた。


「今日はここまでにするか?」


ヴァルドが尋ねる。


「……まだ」


「腕が震えているぞ」


「……まだ、できる」


アルジェナは木剣を握り直した。


ヴァルドは黙って見ていた。


「なぜ、そこまでして剣を振る?」


「……魔物を倒すため」


アルジェナは答えた。


「魔物を倒せば、お父さんやお母さんみたいな人を……」


言葉が止まる。


一瞬だけ、あの日の光景が頭をよぎった。


炎。


崩れた家。


聞こえなくなった声。


アルジェナは木剣を強く握った。


「……もう、誰も失いたくない」


ヴァルドは静かにアルジェナを見る。


「そうか」


否定はしなかった。


けれど――


「一つだけ覚えておけ」


「……?」


「魔物を倒すことだけが、剣を握る理由になってはいけない」


アルジェナは首を傾げた。


「どうして?」


「剣は、人を傷つけるための道具でもあるからだ」


ヴァルドは自分の剣を見る。


「強くなればなるほど、その力は大きくなる」


「……」


「だから、何のために剣を握るのかを忘れるな」


アルジェナはしばらく考えた。


そして――


「……人を守るため」


ヴァルドは黙って頷いた。


「それならいい」


アルジェナは木剣を握り直す。


「もう一回やる」


「好きにしろ」


「せいっ!」


振り下ろす。


まだ弱い。


まだ遅い。


それでも――


昨日よりは、ほんの少しだけ違っていた。


父から教わった基礎。


そしてヴァルドから学ぶ実戦の剣。


二つが、少しずつアルジェナの中で重なっていく。


「……せいっ!」


「もう一度」


「せいっ!」


「もう一度だ」


「せいっ!」


どれだけ繰り返したのか。


気がつけば、太陽は高く昇っていた。


アルジェナは息を切らしながら、木剣を構える。


「最後に一度だけ」


ヴァルドが言った。


「……最後?」


「ああ」


ヴァルドも木剣を手に取る。


「俺に向かって打ち込んでこい」


アルジェナは驚いた。


「ヴァルドさんに?」


「そうだ」


「……本気で?」


「もちろんだ」


アルジェナは木剣を握り直す。


父から教わった構え。


ヴァルドから教わった足運び。


その両方を意識する。


「……いくよ」


「来い」


アルジェナが走り出した。


「やあああっ!」


木剣を振り下ろす。


ヴァルドは軽く身体を横へ動かした。


空振り。


「もう一度」


「っ!」


アルジェナはすぐに向きを変える。


横から振る。


避けられる。


下から振り上げる。


それも避けられる。


「……はぁ……はぁ……」


何度やっても当たらない。


それでもアルジェナは諦めなかった。


「まだ……!」


もう一度。


ヴァルドへ向かって走る。


「やああああっ!」


振り下ろされた木剣を、ヴァルドが避けようとした。


その瞬間――


ヴァルドの足が、ほんの少しだけ後ろへ下がった。


アルジェナの木剣が、ヴァルドの肩のすぐ横を通り過ぎる。


「……!」


アルジェナは気づかなかった。


けれど――


ヴァルドは、静かにアルジェナを見ていた。


「……悪くない」


「え?」


「今日はここまでだ」


アルジェナは木剣を下ろす。


「……私、上手くなった?」


ヴァルドは少しだけ考えてから答えた。


「まだまだだ」


「……そっか」


アルジェナは少しだけ落ち込む。


「だが――」


ヴァルドは続けた。


「昨日よりは、確実に前へ進んでいる」


アルジェナは顔を上げた。


「……ほんと?」


「ああ」


その言葉を聞いて、アルジェナは小さく笑った。


「……じゃあ、明日もやる」


「明日だけじゃない」


ヴァルドは木剣を受け取った。


「強くなりたいなら、毎日だ」


「……うん!」


アルジェナは元気よく頷いた。


この日から――


アルジェナの修行の日々が始まった。


まだ、魔物を倒せるほどの力はない。


まだ、誰かを守れるほど強くもない。


それでも彼女は、毎日剣を握った。


父から教わった剣を土台にして。


ヴァルドから、生き残るための剣を学びながら。


人を守れる力を手に入れるために。


そしていつか――


父が語ってくれた、あの「勇者」に近づくために。

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