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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第五話 名もなき騎士

アルジェナが目を覚ました時、見知らぬ天井が目に入った。


「……ここ……どこ……?」


身体を起こそうとする。


けれど――


「……痛い……」


全身が重かった。


身体を動かすだけで、疲労が押し寄せてくる。


「無理に起きるな」


突然、声がした。


「……!」


アルジェナは驚いて、声のした方を見る。


部屋の隅に、一人の男が座っていた。


年齢は四十代半ばほど。


短く切った茶色の髪には、ところどころ白髪が混じっている。


少し伸びた無精髭。


大柄で鍛えられた身体には、長年の戦いを思わせる傷がいくつも残っていた。


鋭い目つきをしているが、その表情には不思議な落ち着きがあった。


昨日、魔物から助けてくれた男だった。


「……おじさん……」


「覚えているか?」


アルジェナは小さく頷いた。


「……魔物を……倒した人」


「そうだ」


男は立ち上がる。


「ここは俺の家だ。森の中で倒れていたから、連れてきた」


「……私……」


アルジェナは、自分の身体を見た。


毛布が掛けられている。


近くには、自分の荷物も置かれていた。


そして――


「……お父さんの剣……」


壁に立てかけられている。


アルジェナは手を伸ばそうとした。


「それなら、そこにある」


男が剣を取って、アルジェナの側に置く。


「……ありがとう」


アルジェナは剣を抱きしめるように持った。


その姿を見て、男は少しだけ目を細めた。


「大切な剣なのか?」


「……お父さんのです」


「そうか」


男はそれ以上、何も聞かなかった。


アルジェナもまた、しばらく黙っていた。


やがて――


「……私、何日寝てたの?」


「半日ほどだ」


「半日……」


アルジェナは窓の外を見る。


まだ森の中だった。


「町は……?」


「町?」


「私、町に行く途中だったの」


男は少し驚いたような顔をした。


「一人でか?」


「……うん」


「どうして?」


アルジェナは答えようとして――


少しだけ俯いた。


「……勇者になるため」


男の表情が変わった。


「勇者?」


「うん」


アルジェナは父の言葉を思い出す。


強さだけでは、勇者にはなれない。


人を守ること。


怖くても、前へ進むこと。


「私……勇者になりたいの」


「……そうか」


男は静かに答えた。


「なぜ勇者になりたい?」


「……人を守りたいから」


少しだけ間を置いて、アルジェナは続けた。


「私の村が……魔物に襲われたの」


男は何も言わない。


「お父さんも、お母さんも……みんな……」


言葉が詰まる。


それでも、アルジェナは続けた。


「私みたいな人を、もう出したくない」


小さな手が、父の剣を強く握る。


「だから……私は勇者になる」


男は黙ってアルジェナを見つめていた。


しばらくして――


「……勇者になる方法を知っているのか?」


「知らない」


即答だった。


「だから町に行くの」


「町まで、どれくらいあるか知っているか?」


「……?」


アルジェナは首を傾げた。


男は窓の外へ目を向ける。


「ここから町までは、大人でも歩いて五日はかかる」


「……五日……?」


アルジェナの顔が固まった。


五日。


自分が思っていたより、ずっと遠い。


「私は……」


アルジェナは、自分の小さな手を見る。


「……もっと、かかる……」


「ああ」


男は頷いた。


「今のお前が一人で向かえば、五日どころか、町に着く前に倒れるだろう」


「……」


アルジェナは俯いた。


分かっていた。


身体は重い。


足も痛い。


昨日だって、魔物に襲われた。


それでも――


「……でも、行かなきゃ」


小さな手が、父の剣を握る。


「私……勇者になるって決めたから」


男は黙ってアルジェナを見つめた。


「……そうか」


少しだけ間を置いて、男は言った。


「なら、町へ行く前に――俺から剣を学べ」


「……え?」


アルジェナが顔を上げる。


「剣……?」


「ああ」


男は壁に立てかけていた自分の剣を手に取った。


「今のお前が町へ向かっても、何もできない」


「……」


「まずは、生き残るための力をつけろ」


アルジェナは父の剣を見る。


「……私、強くなれる?」


「お前次第だ」


「……教えて」


アルジェナは男をまっすぐ見つめた。


男はしばらく黙っていた。


そして――


「……分かった」


短く答えた。


「ただし、俺が教えるのは勇者になる方法じゃない」


「……うん」


「生き残るための剣だ」


アルジェナは頷いた。


「それでもいい」


男は、少しだけ笑った。


「ならば、明日から始めるぞ」


「……明日?」


「今日は休め」


アルジェナは少し焦ったように身体を起こそうとした。


けれど、身体に力が入らない。


「……」


自分でも分かっていた。


今のままでは、町まで歩くことすらできない。


それでも――


「……止まってる場合じゃないのに……」


アルジェナは小さく呟いた。


男は静かに答える。


「止まるんじゃない」


「……え?」


「前へ進むために、今は力をつけるんだ」


アルジェナは黙った。


町へ行くことを諦めるわけじゃない。


勇者になることを諦めるわけでもない。


ただ――


町へ行くために。


そして、人を守れる強さを手に入れるために。


今はここで、剣を学ぶ。


アルジェナはゆっくりと頷いた。


「……分かった」


「それでいい」


男は部屋を出ようとする。


その背中を見て、アルジェナが声を掛けた。


「……ねえ」


「なんだ?」


「名前……」


男は足を止めた。


「まだ、おじさんの名前……知らない」


男は振り返った。


「そうだったな」


少しだけ間を置いて――


「俺は、ヴァルドだ」


「……ヴァルドさん」


アルジェナは、その名を静かに覚えた。


ヴァルドは少し間を置いてから尋ねた。


「お前は?」


アルジェナは少しだけ戸惑った。


けれど――


「……アルジェナ」


「アルジェナ……か」


ヴァルドは、その名前を静かに繰り返した。


「よろしくな、アルジェナ」


「……うん」


アルジェナは小さく頷いた。


この日。


アルジェナは初めて、自分の剣を教えてくれる師と出会った。


そして――


ここから、彼女の勇者としての物語が始まるのだった。

誤字があったので修正しました。

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