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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第四話 旅立ち

村を出る前に、アルジェナは瓦礫の中から旅に使えそうな物を探した。


水を入れるための小さな水筒。


火を起こすための道具。


残っていたわずかな食料。


夜に身体を包むための毛布。


簡単な傷薬。


どれも、自分の物ではなかった。


アルジェナは、一つ手に取るたびに小さく呟いた。


「……ごめんなさい」


持ち主は、もういない。


分かっている。


返すこともできない。


それでも、誰かが大切に使っていた物を、自分が持っていくことに罪悪感があった。


「……生きるために、必要だから……」


自分に言い聞かせるように呟く。


必要以上には持たなかった。


使える物の中から、本当に必要な物だけを選んだ。


「……ごめんなさい」


もう一度だけ呟いて――


アルジェナは村を後にした。


「……まずは、町に行こう」


アルジェナは、父から聞いた話を思い出していた。


村から何日も歩いた先に、人の集まる町がある。


そこなら、勇者について知っている人がいるかもしれない。


勇者になるために、何をすればいいのか。


どこへ行けばいいのか。


どうすれば、強くなれるのか。


何も分からない。


それでも――


「町に行けば……何か分かるかもしれない」


アルジェナは、村を振り返った。


「……行ってきます」


もう返事をしてくれる人はいない。


それでも、そう言わずにはいられなかった。


そして――


アルジェナは、一人で歩き始めた。


村を出てから、数日が経った。


アルジェナは、一人で歩き続けていた。


幸いにも、アルジェナは両親から、旅で生き抜くための術を教えてもらっていた。


水の探し方。


食べられる植物の見分け方。


火の起こし方。


夜に休む場所の選び方。


危険な場所を避けること。


魔物の気配を感じたら、無理に戦わず逃げること。


それは、いつか何かあった時のためにと、両親が教えてくれたものだった。


「もしもの時に覚えておきなさい」


父も母も、そう言って教えてくれた。


けれど――


本当は、そんな日が来ないことを願っていた。


これらを使う日など、来なければいい。


それが、両親の本当の願いだった。


村で暮らしていた頃のアルジェナは、そんなことを考えもしなかった。


教わったことも、ただの遊びや手伝いのように思っていた。


まさか、それを本当に使う日が来るなんて。


「……お父さん、お母さん……」


歩きながら、アルジェナは二人を思い出す。


「教えてくれて……ありがとう」


けれど――


知識があることと、一人で生きられることは違った。


アルジェナは、まだ八歳だった。


荷物を背負って長い距離を歩くことも。


一人で食料を探すことも。


夜を一人で過ごすことも。


すべてが初めてだった。


「……疲れた……」


足が痛い。


歩くたびに、身体が重くなる。


村にいた頃なら、疲れれば家に帰ればよかった。


お腹が空けば、母が食事を用意してくれた。


夜になれば、父と母のいる家で眠ることができた。


今は違う。


自分で歩き。


自分で食べ物を探し。


自分で眠る場所を探さなければならない。


「……お父さん……」


ふと、父の顔が浮かんだ。


「ここまで一人で来たよ」


返事はない。


「……お母さん」


母の顔も思い出す。


「ちゃんと、教えてもらったこと……覚えてるよ」


返事はない。


アルジェナは、少しだけ俯いた。


「……寂しいな」


その言葉が、胸に刺さった。


泣きそうになる。


けれど、泣いている場合ではない。


町へ行かなければならない。


「……まだ、歩ける」


アルジェナは目元を拭った。


「私は……勇者になるんだから」


父の剣を背負い直す。


一歩。


また一歩。


アルジェナは歩き続けた。


その日の夕方。


森の中で、アルジェナは足を止めた。


「……水……」


少し離れた場所から、水の流れる音が聞こえる。


アルジェナは音を頼りに歩いていった。


小さな川だった。


「よかった……」


膝をつき、水をすくう。


持っていた水筒にも水を入れる。


「……これで、少し安心」


アルジェナは川のそばで休むことにした。


持ってきた食料を少しだけ口にする。


火を起こし、毛布を広げる。


父と母から教わった通りに準備をしていく。


「……ちゃんとできてる」


少しだけ、嬉しくなった。


まるで二人が隣にいるような気がした。


けれど――


夜が深くなるにつれて、その気持ちは消えていった。


暗い森。


聞き慣れない獣の声。


木々のざわめき。


そして、誰もいない。


「……お父さん……」


返事はない。


「……お母さん……」


返事はない。


アルジェナは毛布にくるまり、小さく身体を丸めた。


「……明日も、歩かなきゃ」


そう呟いて、目を閉じた。


翌朝。


アルジェナは重たい身体を起こした。


「……眠い……」


身体がだるい。


昨日よりも足が痛い。


それでも、歩かなければならない。


アルジェナは火を消し、荷物をまとめた。


父の剣を背負い直す。


「……重い……」


父が使っていた剣は、八歳のアルジェナには大きすぎた。


村にいた頃、木剣なら何度も握ったことがある。


けれど、この剣をまともに振ることはできない。


今は、ただ持っているだけだった。


「……お父さんの剣……」


アルジェナは剣に触れる。


それだけで、少しだけ勇気が湧いた。


「……今日も、歩こう」


そうして、アルジェナは森の中を進み始めた。


しばらく歩いた、その時だった。


森の奥から、枝を踏む音が聞こえた。


「……?」


アルジェナは足を止めた。


何かいる。


父から教わった言葉が頭をよぎる。


――危険を感じたら、まず逃げろ。


アルジェナは荷物を握り直した。


足音が近づいてくる。


「……魔物?」


身体が震えた。


怖い。


けれど――


あの夜の光景が蘇る。


炎。


崩れる家。


倒れる人々。


父。


母。


アルジェナの手が、父の剣へ伸びた。


「……魔物なら……」


本当なら、逃げるべきだった。


父もそう教えてくれた。


けれど――


「……私は、逃げない」


胸の奥にある憎しみが、恐怖を押し退けていく。


「……お前たちに……」


声が震える。


「……私の家族を奪われた」


森の奥から、魔物が姿を現した。


小型の獣型魔物だった。


アルジェナより少し大きい程度。


それでも、八歳の少女にとっては十分すぎる脅威だった。


「……来る……!」


魔物が飛びかかる。


「っ!」


アルジェナは横へ転がった。


魔物の爪が地面を削る。


「お父さん……!」


アルジェナは必死に父の剣を振った。


けれど――


重い。


剣先が、ほとんど動かない。


「……っ!」


もう一度振ろうとする。


けれど、間に合わない。


魔物が再び迫る。


「いやっ!」


アルジェナは尻餅をついた。


剣が手から離れる。


魔物が目の前まで迫った。


「……怖い……」


身体が動かない。


その瞬間――


「――下がれ!」


男の声が響いた。


アルジェナの前を、一人の男が横切る。


次の瞬間。


一閃。


魔物が倒れた。


男は剣を収めた。


「……もう大丈夫だ」


アルジェナは、ぼんやりと男を見つめた。


目の前の魔物は、もう動かない。


それを確認すると、アルジェナは小さく呟いた。


「……魔物は……」


その言葉を最後に、張り詰めていた力が抜けた。


足に力が入らない。


ここ数日、ろくに休めていなかった。


村を失ってから、ずっと一人で歩き続けていた。


そして今、目の前の魔物と戦った。


「……お父さん……」


「……お母さん……」


小さな声で呟く。


身体が傾いた。


「おい!」


男が慌てて駆け寄る。


アルジェナの身体を支える。


そのまま――


アルジェナは意識を失った。


男は腕の中の少女を見つめる。


「……こんな子供が、一人で……」


背中には一本の剣。


身につけている物は最低限。


それでも、ここまで一人で生きてきたらしい。


男は少女を抱き上げた。


「……まずは休ませるか」


そして、少女を安全な場所へ運ぶために歩き始めた。


この時、男はまだ少女の名前を知らない。


少女もまた――


この男が何者なのか、まだ知らない。

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