第三話 残された少女
朝日が昇っていた。
昨日まで人々の声が響いていた村は、静まり返っていた。
アルジェナは、瓦礫の下でゆっくりと目を開けた。
「……ここ……どこ……?」
身体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走る。
「……っ」
それでも、アルジェナは立ち上がった。
そして――目の前に広がる光景を見て、言葉を失った。
村が、なくなっていた。
家々は崩れ、畑は荒れ、あちこちに黒く焦げた跡が残っている。
昨日まで聞こえていた笑い声も、話し声もない。
何もない。
「……お父さん?」
返事はない。
「……お母さん?」
返事はない。
「……どこ……?」
アルジェナは、ふらつきながら歩き始めた。
「お父さん……!」
「お母さん……!」
声を張り上げる。
返事はない。
その途中で、見慣れた顔を見つけた。
いつもお菓子を分けてくれた、隣のおばさん。
「……おばさん?」
近づいても、返事はない。
「起きてよ……」
小さな手で肩を揺らす。
動かない。
「……ねえ……」
アルジェナは手を離した。
少し先には、村の老人がいた。
そして――
「……え?」
足が止まった。
そこにいたのは、昨日まで一緒に遊んでいた少年だった。
「……ねえ」
アルジェナは駆け寄った。
「起きてよ」
返事はない。
「また遊ぼうよ……」
返事はない。
「昨日……一緒に遊ぶって言ったじゃん……」
それでも、少年は動かなかった。
「……なんで……?」
涙がこぼれる。
「なんで……?」
拳を握る。
「なんで、みんな死んでるの……?」
答える者はいない。
その時、アルジェナの頭に昨夜の光景が蘇った。
赤く光る目。
巨大な身体。
村を壊した爪。
そして――あの角。
「……魔物……」
小さな声が漏れた。
アルジェナの表情が変わった。
悲しみだけではなかった。
震えるほどの怒りが、胸の奥から込み上げてくる。
「……あいつが……」
拳を強く握る。
「……あいつが、みんなを……」
歯を食いしばる。
「……返してよ……」
誰も返事をしない。
「私のお父さんを……」
涙が頬を伝う。
「私のお母さんを……」
声が震える。
「みんなを……返してよ……!」
返事はない。
「……なんで……」
アルジェナは空を見上げた。
「なんで私たちが……」
声が詰まる。
「何もしてないのに……!」
涙が溢れる。
「なんで……!」
アルジェナは地面を叩いた。
「魔物なんか……!」
その言葉の先が、出てこない。
憎い。
ただ、憎かった。
昨日まで一緒に笑っていた人たちを奪った存在が。
自分から家族を奪った存在が。
どうしても許せなかった。
「……絶対に……」
アルジェナは呟いた。
「絶対に……許さない……」
そのまま、両親を探し続けた。
そして――
瓦礫の向こうに、一つの姿を見つけた。
「……お父さん?」
駆け寄る。
そこにいたのは、昨日まで自分に剣を教えてくれた父だった。
「お父さん……」
膝をつく。
「ねえ……起きてよ……」
肩に触れる。
動かない。
「……お父さん?」
何度呼んでも、答えは返ってこない。
アルジェナは、ようやく理解した。
「……いや……」
声が震える。
「……嘘……」
涙が止まらない。
「起きてよ……」
「ねえ……」
「昨日、約束したじゃん……」
――約束だ。
父の声が頭の中に響く。
「私……勇者になるって……」
返事はない。
「みんなを守るって……」
返事はない。
「なのに……」
アルジェナは父の身体にしがみついた。
「なんで……お父さんが死ななきゃいけないの……!」
声が村に響く。
「魔物なんかいなければ……!」
拳を握る。
「魔物なんかいなければ、お父さんは死ななかった!」
そして、母を探した。
やがて――
少し離れた瓦礫のそばで、母を見つけた。
「……お母さん?」
駆け寄る。
「お母さん……」
母もまた、動かなかった。
「……いや……」
アルジェナは首を横に振った。
「いやだ……」
母の身体に触れる。
「起きてよ……」
返事はない。
「お母さんまで……」
涙が溢れる。
「私を置いていかないでよ……」
それでも、母は答えなかった。
アルジェナは二人の亡骸の前で、声を上げた。
「いやああああああああああっ!!」
慟哭が、静まり返った村に響いた。
「お父さん……!」
「お母さん……!」
「帰ってきてよ……!」
「お願いだから……!」
泣いても。
叫んでも。
誰も答えてくれない。
どれだけ時間が経ったのか、アルジェナには分からなかった。
やがて、涙を拭う力さえなくなった頃。
瓦礫の中に、一振りの剣が落ちているのが見えた。
「……これ……」
父が使っていた剣だった。
アルジェナは震える手で、それを拾い上げる。
重い。
幼いアルジェナには、とても扱えるような剣ではない。
それでも、離さなかった。
父が最後まで握っていた剣。
自分に剣を教えてくれた剣。
そして――
父が語ってくれた「勇者」の証。
アルジェナは剣を胸に抱いた。
「……私……」
涙で濡れた顔を上げる。
「私が……勇者になる」
父の言葉を思い出す。
強さだけでは、勇者にはなれない。
怖くても、誰かを守るために前へ進む。
それが、勇者なのだと。
アルジェナは剣を握り直した。
「私は……」
声は震えていた。
それでも、言葉を止めなかった。
「誰も、こんな目に遭わせない」
「もう……誰も失いたくない」
そして――
「……魔物を倒せるくらい、強くなる」
その瞳には、まだ幼い少女には似合わないほどの強い感情が宿っていた。
家族を奪った魔物への憎しみ。
そして――
二度と誰かを失いたくないという願い。
その二つを胸に抱えて。
アルジェナは、故郷を後にした。
この日から。
彼女の人生は、「勇者になる」という夢だけではなくなった。
魔物を憎み。
人を守り。
いつか、自分と同じ悲しみを味わう人をなくす。
それが――
アルジェナの生きる理由になった。
誤字あったら教えてほしいんだ!
そして読んでくれてありがとなんだ!




