第五十五話 疾風と火焔
風が、唸っていた。
炎が、燃えていた。
ベルネア町の北門前。
巨大な三級魔物と、それを迎え撃つ二人の聖なる戦士。
先ほどまで町を覆っていた恐怖は、今や二人の戦いへと集中していた。
「グオオオオオオッ!」
魔物が咆哮する。
その巨体が大きく沈み込んだ。
「来ます!」
「分かってる!」
ガルドが叫ぶ。
魔物が地面を蹴った。
巨体からは想像もできない速度。
一直線にガルドへ迫る。
「――っ!」
ガルドは横へ跳んだ。
直後。
巨大な爪が地面を叩きつける。
石畳が砕け、破片が周囲へ飛び散った。
「速いな……!」
ガルドが距離を取る。
魔物は間髪入れずに振り返った。
そして、口を大きく開く。
「また来ます!」
「任せろ!」
赤い光が口の奥へ集まる。
だが、その瞬間。
「――させません!」
エレナが手をかざした。
周囲の空気が一気に動く。
突風が魔物の頭部を横から叩きつけた。
――ゴオオオオッ!
「グオッ!?」
魔物の狙いが逸れる。
放たれた光線は、ガルドの頭上を通り過ぎて空へ消えていった。
「助かった!」
「お礼は後で!」
「ああ!」
ガルドが地面を蹴る。
魔物の側面へ回り込むと、炎を纏った擬聖剣を振り抜いた。
「はあああっ!」
――ズバンッ!
魔物の前脚に炎の刃が食い込む。
「グアアアアッ!」
魔物が苦痛の声を上げた。
だが、倒れない。
傷口から赤い光が漏れ出し、その身体が大きく身をよじる。
巨大な尾が横薙ぎに振られた。
「ガルド!」
「分かってる!」
ガルドが跳ぶ。
だが、完全には避けきれない。
尾が身体をかすめ、ガルドは地面を転がった。
「ガルド!」
「……大丈夫だ!」
すぐに立ち上がる。
鎧には傷が入っている。
それでも、剣を握る手は緩まない。
「思ったより頑丈だな」
「三級ですからね」
エレナは魔物から目を離さない。
「でも――」
風が、彼女の周囲へ集まっていく。
「私たちなら倒せます」
「ああ」
ガルドの剣を炎が包み込む。
「そのために来たんだからな」
二人が同時に走り出した。
魔物が迎え撃つ。
右の爪。
ガルドがかわす。
左の爪。
エレナが風をぶつけ、軌道を逸らす。
魔物が身体を捻る。
ガルドがその隙へ入り込む。
「そこだ!」
炎の刃が腹部を切り裂く。
魔物が咆哮する。
その瞬間、エレナが手を振った。
「――吹き飛んで!」
強烈な風が魔物の身体を横から押し流す。
巨体がよろめく。
「今だ!」
ガルドが跳んだ。
炎を纏った剣を振り上げる。
「――燃えろ!」
斬撃が魔物の肩口へ叩き込まれた。
炎が傷口を走る。
「グオオオオオオッ!」
魔物が怒り狂ったように咆哮した。
身体中の黒い亀裂が、赤く輝き始める。
「……何か来ます」
エレナが警戒する。
「まだ隠してたってことか」
ガルドが剣を構え直す。
魔物が大きく口を開いた。
赤い光が集まる。
「また光線か!」
「いえ……違います!」
エレナが叫ぶ。
魔物の額。
一本の巨大な角へ、赤い光が集中していく。
「角に力を集めています!」
「なら――」
ガルドが魔物を睨む。
「撃たせる前に潰す!」
ガルドが駆ける。
魔物も同時に地面を蹴った。
互いの距離が、一気に縮まる。
魔物の爪が迫る。
ガルドは身体を低くして潜り抜けた。
そのまま魔物の懐へ。
「エレナ!」
「はい!」
エレナが両手を広げる。
凄まじい風が巻き起こった。
魔物の巨体が押し戻される。
足が地面を削る。
「グ……オオオオオッ!」
それでも魔物は踏みとどまる。
「まだです!」
風がさらに強くなる。
「今です、ガルド!」
「ああ!」
ガルドが跳んだ。
炎に包まれた剣を、両手で握りしめる。
狙うのは――
額の巨大な角。
「――砕けろおおおおっ!」
炎の刃が、角へ叩き込まれた。
――ズガァァン!!
巨大な角に亀裂が走る。
赤い光が一気に散った。
「グオオオオオオッ!!」
魔物が大きく仰け反る。
「今です!」
エレナが風を解き放つ。
巨大な風の奔流が、魔物の身体を真正面から押し飛ばした。
ガルドも同時に駆ける。
「これで――終わりだ!」
炎の刃が、魔物の胸元へ深く叩き込まれる。
巨大な身体が大きく揺れた。
そして。
ゆっくりと、その巨体が崩れ落ちる。
――ズズン……。
地面が震えた。
静寂が訪れる。
魔物は、もう動かなかった。
「…………」
騎士たちは、しばらく誰も声を出せなかった。
やがて。
「……倒した」
誰かが呟いた。
「三級魔物を……」
別の騎士が、信じられないように魔物を見つめる。
そして――
「うおおおおおおっ!」
歓声が上がった。
「勝ったぞ!」
「ベルネア町は守られた!」
「聖徒様! 聖騎士様!」
ガルドは剣を鞘へ収める。
エレナも、静かに息を吐いた。
「……終わりましたね」
「ああ」
二人の表情にも、わずかな安堵が浮かんでいた。
負傷者の治療が始まり、騎士たちは崩れた城壁の確認へ向かう。
町の人々も、少しずつ避難先から顔を出し始める。
恐怖に包まれていたベルネア町に、ようやく安堵が戻り始めていた。
誰もが思った。
これで、終わったのだと。
――だが。
ベルネア町に――
本当の悲劇が訪れようとしていた。
戦闘シーンは難しいですね




