第五十三話 ベルネア町に響く鐘
リリアは、しばらく二人の姿を眺めていた。
「……もう少し近くで見てみたいなって……」
「いいんじゃない?」
アルジェナがそう言うと、リリアの顔がぱっと明るくなった。
二人が少し近づく。
《疾風の聖徒》――エレナ・セレス・ヴァルティア。
青みがかった銀色の長い髪に、翡翠色の瞳。
白を基調とした聖徒の衣装には、淡い青緑色の装飾が施されている。
細身でありながら、その立ち姿には凛とした気品があった。
「……やっぱり綺麗な方ですね」
リリアは目を輝かせている。
「風の加護を持つ聖徒で、遠くからでも魔物の動きを察知できるほど感覚が鋭いんですよ。それに――」
アルジェナは横目でリリアを見る。
(……ああ、始まった)
「以前、アルディア王国の北部で――」
(近くで見てみる? なんて言わなきゃよかったかな)
リリアは楽しそうに話し続けている。
その内容は、先ほども聞いたような話ばかりだった。
けれど、あまりにも嬉しそうなので、アルジェナは何も言わずに聞いていた。
しばらくすると、リリアの視線が隣へ移った。
「それに、あの方も……」
「《火焔の聖騎士》?」
「はい!」
そこには、一人の男性が立っていた。
《火焔の聖騎士》――ガルド・アレイス・レグナ。
深い赤色の短い髪。
少し跳ねた前髪の下には、琥珀色の瞳がある。
白銀の聖騎士鎧には赤い装飾が施され、長身でがっしりとした身体つきは、先ほどの聖徒とは対照的だった。
腰には一振りの剣が差されている。
剣身には、淡い赤い光が宿っていた。
「《火焔の聖騎士》です!」
リリアの声がまた弾む。
「擬聖剣の使い手なんです!」
「へえ」
「炎の力を持つ擬聖剣で――」
(……こっちでも始まった)
アルジェナは苦笑した。
「《疾風の聖徒》と一緒に戦うことも多くて、二人の連携が――」
(……これも、さっき聞いたような)
それでもリリアは嬉しそうに話し続けている。
アルジェナは小さく笑った。
(……まあ、満足するまで聞いていよう)
そして、ふと二人の名前を思い出す。
(……聖徒と擬聖剣使いって、名前が三つあるのか)
アルジェナは少しだけ首を傾げた。
(……そういえば、ヴァルドさんも三つ名前があったのかな?)
その時だった。
――カン。
突然、町に鐘の音が響いた。
一度。
続けて、二度。
そして――三度。
「……鐘?」
リリアが振り返る。
町の空気が、一瞬で変わった。
通りを歩いていた人々が足を止め、店の者たちが外へ顔を出す。
遠くから、騎士の声が響いた。
「北門付近で魔物を確認!」
別の声が続く。
「三級魔物との報告だ! 住民は建物の中へ!」
ざわめきが広がった。
「三級……」
リリアの表情が強張る。
アルジェナも北門の方へ視線を向けた。
三級。
これまで出会った魔物よりも、明らかに危険度が高い。
その時、騎士がエレナとガルドへ駆け寄った。
「三級魔物との報告です!」
ガルドが頷く。
「分かった。騎士団だけでは厳しいだろう」
剣へ手を添える。
「俺たちも出る」
エレナも頷いた。
「ええ。急ぎましょう」
二人はすぐに北門へ向かって走り出した。
その姿を見送ったあと、アルジェナはリリアを見る。
「リリア、指定された場所へ行こう」
「はい」
二人は周囲の人々の流れに合わせ、避難場所へ向かって歩き始めた。
町の中は、先ほどまでとは比べものにならないほど騒がしくなっていた。
その頃。
町の門を抜け、一人の女がベルネア町へ入ってきた。
周囲では人々が慌ただしく動いている。
しかし、女は騒ぎに目を向けることなく、静かに歩いていた。
そして――ふと足を止める。
「……」
女の表情が、初めて少しだけ柔らかくなった。
「また会えたわね」
リリアが振り返る。
「……あ!」
見覚えのある顔。
アルジェナも、リリアの視線を追って振り向いた。
「あなたは……」
以前、村で出会った女だった。
女は二人を見つめ、静かに微笑んだ。
「元気そうでよかったわ」
リリアも嬉しそうに微笑む。
「はい!」
その時――
女の視線が、リリアへ向けられた。
ほんの一瞬。
その瞳の奥に、何かを求めるような光が浮かんだ。
けれど、それはすぐに消える。
女は何事もなかったように、二人の前に立っていた。
――後に歴史に刻まれることになる。
ベルネア町の悲劇。
それは、アルジェナとリリアにとって、
二人で歩いた旅の終わりを告げる出来事だった。
そして同時に――
後に「偽勇者」と呼ばれることになる少女が、
魔剣を手にするきっかけとなった事件でもある。
この日を境に――
二人の旅は、終わる。
そして、二人の運命は大きく分かれていく。
この時、この町にいた誰一人として知らなかった。
この出来事が、
やがて世界の歴史にまで影響を及ぼすことを。
すべての始まりは――
ベルネア町に響いた、三度の鐘だった。




