第五十二話 ベルネア町の擬聖剣使いと聖徒
村を出てから、五時間ほど歩いた頃だった。
街道の先に、石壁に囲まれた町が見えてきた。
「あれがベルネア町ですね」
「うん……」
アルジェナは目を細める。
地図で見た限りでは、そこそこ大きな町だと思っていた。
けれど、実際に目にすると――
「……思ってたより、ずっと大きいね」
「私もそう思います」
町を囲む石壁は長く続き、その内側には多くの建物が並んでいる。
門の前には何台もの荷馬車が列を作り、町へ入ろうとする商人や旅人の姿も多い。
「これなら、宿もすぐ見つかりそうですね」
「そうだね」
二人はベルネア町へ向かって歩き始めた。
門に近づくにつれ、人の声が増えていく。
荷物を確認する門番。
馬車を誘導する商人。
町へ入ろうとする旅人。
様々な人々が行き交っていた。
やがて、二人の番になる。
「身分証はあるか?」
門番が声をかけた。
「はい」
リリアが答え、聖女教会から発行された身分証を差し出す。
門番はそれを確認すると、少しだけ目を見開いた。
「聖女教会の信徒か」
「はい。セレフィア聖国へ向かう途中です」
「そうか。分かった」
門番は身分証をリリアへ返した。
「通っていいぞ」
「ありがとうございます」
二人は門を抜け、ベルネア町の中へ入った。
大通りには様々な店が並んでいる。
食料品店。
武器や防具を扱う店。
旅用品を売る店。
道の端には露店も並び、町人たちが買い物をしていた。
「人、多いね」
「はい。グランセルほどではありませんけど、かなり賑やかですね」
「グランセルは別格だったからね」
二人はそんな話をしながら歩いていく。
アルジェナはふと、自分の腰に目を向けた。
そこには二本の剣が差されている。
一振りは、父から受け継いだ剣。
もう一振りは、ヴァルドのもとで剣を学び始めた頃から使っている剣だった。
旅の中で何度も魔物と戦ってきたせいか、後者の刃は少しずつ摩耗している。
アルジェナは柄に触れ、状態を確かめた。
「……そろそろ本格的に手入れしないとね」
「どうかしました?」
「ううん。なんでもない」
そう答えて、アルジェナは再び歩き始めた。
しばらく進むと、白い壁の大きな建物が目に入った。
正面には、見慣れた神の紋章が掲げられている。
「……聖女教会ですね」
リリアが嬉しそうに声を上げる。
「この町にもあるんだ」
「これくらい大きな町なら、あるでしょうね」
建物の周囲には、神官や信徒の姿が見える。
そして、その中にひときわ目を引く女性がいた。
白を基調とした衣装。
胸元には大きな神の紋章。
神官よりも装飾の多い衣装をまとい、腰には武器を下げている。
その姿には、ただ立っているだけでも周囲の人々が自然と目を向けるような存在感があった。
「あ……!」
リリアが声を上げた。
「どうしたの?」
「あの方、《疾風の聖徒》ですよ!」
リリアの目が、いつもより少し輝いている。
「魔物討伐で何度も人を救った、とても有名な聖徒なんです!」
「そんなに有名なの?」
「はい!」
リリアは嬉しそうに話し始めた。
「風の加護を使った戦い方がすごくて、ものすごい速さで戦場を駆け回ることができるんです。それだけじゃなくて、風を使って仲間の動きを助けたり、遠くにいる人の気配を感じ取ったりすることもできるそうですよ!」
アルジェナは黙ってリリアの話を聞いていた。
「以前、アルディア王国の北部で大規模な魔物討伐があったときにも参加していて、そのときは一人で複数の魔物を相手にしながら、負傷した騎士たちを安全な場所まで運んだって聞きました。それに、街道で商隊が魔物に襲われたときも――」
リリアの話は止まらない。
(……リリアって、こういう話になると饒舌になるんだよね……)
普段はどちらかといえば大人しく、アルジェナの話を聞いていることのほうが多い。
けれど、聖女教会や神の加護、聖徒の話になると――
まるで別人のようによく喋る。
「それで、《疾風の聖徒》は――」
まだ続いている。
(……よく知ってるなぁ)
アルジェナは少しだけ口元を緩めた。
すると、リリアが隣に立つ男性へ視線を移した。
「それに、あちらにいる方もすごいんですよ!」
「こっちも?」
「あの方は《火焔の聖騎士》です!」
男性は白を基調とした聖騎士の鎧を身につけ、腰には一振りの剣を下げている。
その剣身には、赤い光が淡く宿っていた。
「《火焔の聖騎士》も有名なんです!」
リリアはさらに嬉しそうに話し始める。
「擬聖剣の使い手で、炎の力を持つ擬聖剣を扱うんです。魔物討伐では前衛を務めることが多くて、《疾風の聖徒》と一緒に戦うことも多いそうですよ!」
「へえ」
「二人の連携はすごいらしくて、疾風の加護で炎をさらに強くしたり、風で攻撃の軌道を変えたりできるんだそうです!」
(……まだ続くんだ)
アルジェナは苦笑しながら、黙って話を聞いていた。
リリアがこんなに楽しそうに話しているのを見るのは、少し新鮮だった。
「私も、いつか……」
リリアが小さく呟く。
「ん?」
「……いえ」
リリアは少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「私も、いつかあんな風になれたらって思ってます」
「そっか」
アルジェナは二人の聖徒と聖騎士を見る。
そして、リリアを見る。
「頑張らないとね」
「はい!」
リリアは嬉しそうに頷いた。
そのときだった。
町の別の場所から、何人かの町人が小声で話しているのが聞こえてきた。
「またか?」
「ああ。昨日もだったらしい」
「騎士団は何て?」
「まだ調べてるってよ」
「悪魔じゃないだろうな?」
「分からん。だから怖いんだよ」
アルジェナの表情が変わる。
「……悪魔?」
リリアも会話のほうへ目を向けた。
二人は顔を見合わせる。
しかし、町人たちはそれ以上話さず、その場を離れていった。
「何かあったんでしょうか」
「分からない」
アルジェナは町の奥を見る。
「でも……何か起きてるみたいだね」
「はい」
さっきまで賑やかだった町が、ほんの少しだけ違って見えた。
店も開いている。
人も歩いている。
子どもたちの声も聞こえる。
それでも――
町のどこかに、言葉にできない不安が漂っていた。
「まずは宿を探そう」
「そうですね」
二人が歩き出した、その頃。
町から少し離れた街道に、一人の女が立っていた。
長い淡い色の髪が、風に揺れている。
女は遠くに見えるベルネア町をじっと見つめていた。
「……いる」
小さく呟く。
町の中から感じる、微かな気配。
神の加護。
そして、その気配の持ち主は――
「今度こそ……」
女は町へ向かって歩き始める。
「帰れるかもしれない……」
その表情には、期待と不安が入り混じっていた。




