第四十八話 森を抜けて
森を出るころには、すっかり日が暮れていた。
町の入口には、まだ何人かの町人が集まっている。
「戻ってきたぞ!」
騎士たちの姿が見えると、町人たちから安堵の声が上がった。
「怪我人はいるのか?」
「何人かいるが、命に別状はない」
騎士たちが答えると、集まっていた人々の表情が少しずつ緩んでいく。
アルジェナとリリアも、その様子を見ながら町へ入った。
すると、昨日アルジェナたちに声をかけてきた騎士が近づいてきた。
「二人とも、今日は本当に助かった」
「ううん。騎士さんたちが無事だったなら、それでいいよ」
「そう言ってもらえると助かる」
騎士は少し考えてから続けた。
「だが、もう日も暮れている。今から別の町へ向かうのは危険だ」
「そうですね」
リリアが頷く。
「今夜はこの町に泊まろうと思います」
「それなら、こちらで宿を手配しよう」
「え?」
アルジェナが目を丸くする。
「騎士団の者が世話になったんだ。それくらいはさせてくれ」
「でも……」
「遠慮するな」
騎士が笑う。
「宿代も食事代も、こちらで出す」
アルジェナとリリアは顔を見合わせる。
「……じゃあ、お言葉に甘えようか」
「はい」
二人は騎士について町の中を歩いた。
夕暮れの町では、店じまいを始める店も多い。
通りには仕事を終えた人々が歩き、家々からは夕食の匂いが漂っている。
少し歩いた先に、一軒の宿があった。
騎士が扉を開ける。
「こんばんは。二人分の部屋を頼む」
「おや、騎士様」
宿の主人が顔を上げる。
「この二人を泊めてやってくれ。費用は騎士団で払う」
「分かりました」
「夕食も頼む」
「もちろんです」
アルジェナとリリアは宿の主人に案内され、二階の部屋へ向かった。
部屋にはベッドが二つと、小さな机が置かれている。
「……ちゃんとした部屋だね」
アルジェナが荷物を置く。
「今日は本当に助かりましたね」
リリアも荷物を置いた。
「宿代まで出してもらえるとは思いませんでした」
「私も」
アルジェナは腰から剣を外し、壁に立てかける。
「今日は走り回ったし、ゆっくり休もう」
「はい」
二人が一階の食堂へ降りると、すでに夕食が用意されていた。
温かいスープとパン、それから焼いた肉が並んでいる。
「いただきます」
「いただきます」
二人は食事を始めた。
アルジェナはスープを一口飲む。
「……おいしい」
「今日は特に美味しく感じますね」
「走ったからかな」
「きっとそうですよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
部屋へ戻ると、アルジェナは荷物の中身を確認し始めた。
「食料は……まだ大丈夫」
保存のきくパンや干し肉を確認する。
「水も明日の分くらいはあるね」
「薬も残っています」
リリアも自分の荷物を確認する。
「昨日みたいなことがあると、もう少し多めに持っておいたほうがいいかもしれませんね」
「うん。次の町で補充しよう」
アルジェナは頷いた。
荷物の確認を終えると、二人はそれぞれベッドに腰を下ろした。
「……今日は疲れましたね」
リリアが呟く。
「うん」
アルジェナもベッドに横になりながら答える。
「でも、ちゃんと騎士さんたちを連れて帰れてよかった」
「はい」
少しの沈黙が流れる。
「アルジェナ」
「ん?」
「今日、魔物の動きを見抜いたとき……すごかったです」
「そう?」
「はい。私だったら、追いかけてしまっていたと思います」
「私も最初は追いかけようとしたよ」
アルジェナは苦笑する。
「でも、追っても捕まらないから、途中で気づいただけ」
「それでも、気づけたのはアルジェナです」
「……ありがと」
アルジェナは少し照れたように笑った。
「リリアも、怪我した騎士さんたちをちゃんと治してたじゃん」
「私にできることをしただけです」
「それでいいんだと思うよ」
リリアも小さく笑った。
「……そうですね」
しばらく二人は今日の出来事について話した。
森の中で魔物を見つけたこと。
騎士たちがばらばらになっていたこと。
そして、最後にみんな無事で町へ戻れたこと。
話しているうちに、二人の疲れも少しずつ抜けていった。
「そろそろ寝ようか」
「はい」
二人は灯りを消した。
窓の外からは、町の人々の話し声がかすかに聞こえていた。
「……アルジェナ」
「なに?」
「明日は、どこまで行きますか?」
「朝になったら決めよう」
「そうですね」
「おやすみ、リリア」
「おやすみなさい、アルジェナ」
二人は眠りについた。
翌朝。
二人が宿の一階へ降りると、昨日の騎士が待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日の宿代と食事代は、もうこちらで済ませてある」
「ありがとう」
アルジェナが礼を言う。
「こちらこそ、助かった」
騎士はそう言って、二人を見送った。
「気をつけて旅をしろ」
「はい」
二人は宿を出た。
町の入口へ向かうと、昨日まで集まっていた町人たちの姿は少なくなっていた。
店を開ける者や、荷物を運ぶ者。
いつものように仕事へ向かう人々の姿も見える。
昨日まで町を覆っていた不安は、すっかり薄れていた。
騎士たちが戻り、魔物が討伐されたことで、町には少しずつ日常が戻っている。
アルジェナは、その様子を見ながら歩いた。
「……よかった」
小さく呟く。
リリアも頷いた。
「はい」
二人は町を出て、再び街道を歩き始めた。
しばらく歩くと、町の建物が少しずつ遠ざかっていく。
街道の両側には森が続いている。
「アルジェナ」
「ん?」
「昨日の魔物……怖くなかったんですか?」
リリアが尋ねる。
アルジェナは少し考える。
「怖かったよ」
「え?」
「私だって、何でも平気なわけじゃないから」
アルジェナは前を向いたまま答える。
「ただ、怖いからって逃げ続けたら、何も守れないでしょ」
「……そうですね」
「だから、どうすればいいか考える」
アルジェナは少し笑う。
「師匠に、ずっとそう教えられてきたから」
リリアも微笑んだ。
「アルジェナは、ヴァルドさんのことを本当に尊敬してるんですね」
「うん」
アルジェナは少しだけ間を置いた。
「私が今こうして旅をできてるのも、師匠のおかげだから」
二人はそのまま街道を歩いていく。
しばらくすると、森が少しずつ途切れ始めた。
木々の向こうに、広い草原が見えてくる。
「森を抜けたみたいですね」
「うん」
アルジェナが足を止める。
目の前には、遠くまで続く街道が伸びていた。
その先には、まだ見たことのない町がある。
さらにその先には、セレフィア聖国がある。
「まだ先は長いね」
「はい」
「でも――」
アルジェナは歩き出す。
「急ぐ必要はないか」
リリアも隣に並ぶ。
「そうですね」
二人は並んで街道を進んでいく。
森を抜けた先には、広い草原が広がっていた。
秋の風が二人の間を通り抜ける。
アルジェナは前を見ながら、次の町へ向かって歩き続けた。
二人の旅は、まだ続いていく。




