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第四十七話 森を使う魔物

「……助けてくれ!」


森の奥から、声が響いた。


「騎士さんです!」


リリアが声のした方向を見る。


「うん!」


アルジェナはすぐに走り出した。


二人は木々の間を縫うように進んでいく。


地面には枯れ枝や落ち葉が重なっていて、足を踏み出すたびに乾いた音が響く。


アルジェナは前方を確認しながら、できるだけ走りやすい場所を選んで進んだ。


「こっちです!」


リリアの声が後ろから聞こえる。


「分かってる!」


木の根が地面から大きく張り出している場所を、アルジェナが跳び越える。


その直後、後ろからリリアが足を取られた。


「きゃっ……!」


「リリア!」


アルジェナが振り返る。


「大丈夫です!」


リリアはすぐに立ち上がった。


「走れます!」


「無理しないで!」


「はい!」


二人は再び走り出した。


森の奥へ進むほど、木々は密集していく。


枝が服に引っかかり、葉が顔に当たる。


それでも、二人は声のした方向へ進み続けた。


「……まだ聞こえる?」


アルジェナが足を緩めずに尋ねる。


「……いえ」


リリアが耳を澄ます。


「さっきより、聞こえにくくなっています」


「じゃあ、急ごう」


アルジェナはさらに速度を上げた。


しばらく進んだところで、前方から再び声が聞こえた。


「……こっちだ!」


「近い!」


アルジェナが木々の間を抜ける。


すると、少し開けた場所に一人の騎士が倒れているのが見えた。


その近くには、折れた木の枝や落ち葉が散らばっている。


「大丈夫ですか?」


リリアが駆け寄る。


「ああ……」


騎士は起き上がろうとしたが、腕を押さえていた。


「腕をやられただけだ。動ける」


「少し見せてください」


リリアが騎士の腕に手を添える。


淡い光が広がり、傷の痛みが少しずつ和らいでいく。


「……神の加護か」


騎士が驚いたように呟く。


「はい。完全には治せませんが、動けるくらいにはできると思います」


「助かる」


その間、アルジェナは周囲を見回していた。


静かだった。


さっきまで聞こえていた鳥の声すら、ほとんど聞こえない。


「……おかしい」


「どうした?」


騎士が尋ねる。


「魔物が近くにいる」


アルジェナは木々の上を見る。


「でも、姿が見えない」


その瞬間――。


「危ない!」


アルジェナが叫んだ。


上から何かが落ちてきた。


小さな石だった。


地面に当たり、乾いた音を立てて転がる。


「……石?」


アルジェナが顔を上げる。


木々の間を、一瞬だけ何かが横切った。


細い身体。


長い腕。


そして、枝から枝へと素早く移動する影。


「……いた」


アルジェナが呟く。


魔物は二人を見た瞬間、さらに高い木へ飛び移った。


「待って!」


アルジェナが追おうとする。


しかし、魔物はすぐに別の木へ飛び移り、姿を消した。


「速い……」


リリアが木々を見回す。


「でも、さっきから攻撃してきませんね」


「うん」


アルジェナも頷いた。


「石を投げて、逃げてるだけ」


「それって……」


騎士が眉を寄せる。


「俺たちを追い払おうとしているのか?」


「違うと思う」


アルジェナは地面を見る。


「こいつは、私たちを倒したいんじゃない」


「じゃあ、何をしている?」


「……追わせてる」


アルジェナが顔を上げた。


「私たちが追いかけると、あいつは逃げる」


「それが何か?」


「私たちが追いかければ、森の中でばらばらになる」


アルジェナは、先ほどの騎士を見る。


「実際、そうなったんでしょ?」


騎士は黙って頷いた。


「……ああ」


「なら、たぶんこいつは、それを分かってる」


アルジェナは剣を握り直した。


「強いんじゃない」


「森を使ってるんだ」


その言葉に、騎士が周囲を見る。


「……なるほど」


「だから、追わない」


アルジェナは剣を下ろした。


「向こうから来るのを待つ」


「そんなことで大丈夫なのか?」


「たぶん」


アルジェナは木々の間を見つめる。


「でも、こっちから追いかけたら、また同じことになる」


騎士も剣を構えたまま、周囲を警戒する。


「分かった。なら、俺たちも動かない」


リリアは負傷した騎士のそばに残り、アルジェナは少し離れた場所に立った。


しばらく、何も起こらなかった。


風が木々を揺らす。


葉が擦れる音だけが聞こえる。


アルジェナはじっと待った。


そのときだった。


「……右」


アルジェナが呟く。


木の枝がわずかに揺れた。


「そこだ!」


騎士が叫ぶ。


魔物が木から飛び降りた。


だが、地面に着くより早く方向を変え、アルジェナの横を駆け抜けようとする。


「逃がさない!」


アルジェナが横へ踏み込んだ。


魔物は急に方向を変えようとした。


しかし、その先には騎士が立っている。


「そこまでだ!」


魔物が足を止める。


初めて、逃げ道を失った。


アルジェナは魔物の動きを見ながら、騎士に声をかけた。


「今!」


騎士が踏み込む。


魔物が横へ飛び退こうとする。


だが、アルジェナが先回りして進路を塞ぐ。


逃げ場を失った魔物へ、騎士の剣が振り下ろされた。


魔物は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。


「……終わったな」


騎士が剣を下ろす。


アルジェナも構えを解いた。


「第五級……」


森の中でこれほど苦戦するとは思っていなかった。


「大きさだけじゃなくて、場所によっても戦い方は変わるんだね」


「そうですね」


リリアが頷く。


「アルジェナが気づかなかったら、もっと時間がかかっていたと思います」


「私も、師匠に教えてもらってなかったら気づけなかったかも」


アルジェナは倒れた魔物を見る。


「相手をよく見るって、大事なんだね」


少し離れた場所から、別の騎士の声が聞こえた。


「いたぞ!」


アルジェナたちが振り向く。


木々の向こうから、数人の騎士が歩いてくる。


その中には、怪我をしている者もいた。


「無事だったか!」


「そっちもか」


騎士たちが互いの無事を確認する。


リリアは怪我をした者たちの手当てを始めた。


アルジェナはその様子を見ながら、静かに息を吐く。


誰も死んでいない。


それだけで十分だった。


やがて日が落ち始める頃、騎士たちは町へ戻ることになった。


森を出るころには、空が赤く染まっていた。


「今日は助かった」


先ほどの騎士がアルジェナに声をかける。


「登録証を見せてもらったときは、正直驚いたが……」


「十四歳だから?」


「ああ」


騎士は苦笑した。


「だが、腕だけじゃない。ちゃんと考えて戦えるんだな」


「ありがとう」


アルジェナは少しだけ笑った。


隣では、リリアが怪我をした騎士の様子を確認している。


町の明かりが見えてきた。


「戻ってきたぞ!」


町の入口から、町人たちの声が聞こえる。


不安そうだった人々の表情が、少しずつ緩んでいく。


アルジェナはその様子を見ながら思った。


今日も、人を守ることができた。


それだけでいい。


二人は騎士たちと共に、町へ戻っていった。

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