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第四十六話 森に潜むもの

夕暮れの町には、いつもなら一日の仕事を終えた人々が家へ戻っていく時間だった。


町はそれほど大きくない。


低い木柵に囲まれた町の中には、数十軒ほどの家が並び、小さな店や宿屋もいくつかある。


店先では片付けを始める者もいれば、荷物を抱えて家路を急ぐ者もいる。


けれど、この日は町の入口に人が集まっていた。


普段なら聞こえてくるはずの店じまいの声や、家へ帰る人々の話し声も少ない。


誰もが、まだ戻ってこない騎士たちのことを気にしている。


「……まだ戻ってこないのか」


「もう日が暮れるぞ」


町人たちの間から、そんな声が聞こえてくる。


アルジェナとリリアも、その様子を見ながら足を止めた。


「さっき、騎士様たちが戻ってきたんだけど……」


近くにいた女性が、二人に話しかける。


「まだ、戻ってきていない騎士様もいるの」


「どういうことですか?」


リリアが尋ねる。


「魔物を追って森に入ったんだけど、途中ではぐれたみたいで……」


女性は不安そうに答えた。


「戻ってきた騎士様の中には、怪我をしている人もいたわ」


「魔物は?」


アルジェナが尋ねる。


「まだ森の中にいると思う」


「第五級だって聞いたけど……」


「ええ。最初はそう聞いていたわ」


女性が頷く。


「だから、すぐに討伐できると思っていたんだけど……」


アルジェナは少し考える。


第五級。


危険度だけを見れば、決して高くはない。


けれど、森の中では話が変わる。


「……魔物が、逃げ続けてるのかもしれない」


「逃げてる?」


リリアが聞き返す。


「うん。騎士さんたちと正面から戦うんじゃなくて、森の中を逃げ回ってるんじゃないかな」


アルジェナは周囲を見る。


「追いかけてるうちに、騎士さんたちがばらばらになったのかも」


「なるほど……」


リリアも頷く。


そのとき、町の奥から一人の騎士が急いで歩いてきた。


「森に入った者たちを、まだ全員確認できていない!」


町人たちの間にざわめきが広がる。


「探しに行くんですか?」


誰かが尋ねる。


「ああ。日が落ちる前に、できるだけ見つける」


騎士は周囲を見回した。


「だが、森の中では魔物を見失っている。十分に注意してくれ」


アルジェナはその言葉を聞き、剣に目を向けた。


「……私も行く」


騎士がアルジェナを見る。


「君は?」


「傭兵です」


アルジェナは腰から傭兵組合の登録証を取り出した。


騎士はそれを受け取り、内容を確認する。


「……傭兵組合に登録しているのか」


「はい」


「年齢は……」


騎士が登録証を見て、少し驚いた顔をする。


「十四歳?」


「うん」


「第五級の魔物と戦った経験は?」


「あります」


アルジェナは迷いなく答えた。


騎士はしばらくアルジェナを見る。


「……分かった。だが、無理はするな」


「分かってる」


アルジェナは登録証を受け取った。


「それに、森の中を探すなら、人手は多いほうがいいでしょ」


騎士も頷いた。


「それはそうだな」


リリアも一歩前に出る。


「私も行きます」


騎士がリリアを見る。


「君は?」


「私はセレフィア聖国へ向かっている教会の信徒です。怪我をしている方がいるなら、私にもできることがあります」


「教会の信徒か……」


騎士は少し考えたあと、頷いた。


「分かった。ただし、二人とも危険を感じたらすぐに戻れ」


「はい」


こうして、アルジェナとリリアは騎士たちと共に森へ向かった。


森の中へ入ると、街道から見えていた景色とはまるで違っていた。


木々の間隔は狭く、地面には落ち葉や枯れ枝が重なっている。


足元を確認しながら進まなければ、簡単に足を取られそうだった。


「この辺りから、騎士たちの姿が見えなくなったらしい」


先頭の騎士が言う。


アルジェナは地面を見ながら歩く。


すると、土の上に小さな手と足の跡がいくつも残っているのが見えた。


「……これ」


アルジェナがしゃがみ込む。


手の跡と足の跡が、森の奥へと続いている。


「魔物の足跡ですか?」


リリアが覗き込む。


「たぶん」


アルジェナは跡を追う。


「……手も使って移動してるみたい」


近くの木の幹には、細い爪痕も残っていた。


アルジェナは少し考える。


「こういう魔物は、初めて見るな……」


今まで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。


身体はそれほど大きくない。


それなのに、森の中を自由に動き回れるような身体をしている。


「第五級なら、もっと大きい魔物もいるんですよね?」


「うん。危険度は大きさだけで決まるわけじゃないからね」


アルジェナは立ち上がった。


「この魔物は、動きが速いのかもしれない」


その瞬間だった。


上から何かが落ちてきた。


「危ない!」


アルジェナがリリアの腕を引く。


地面に小さな石が転がった。


「……石?」


アルジェナが顔を上げる。


木々の間を、一瞬だけ何かが横切った。


細い身体。


長い腕。


そして、枝から枝へと素早く移動する影。


「……いた」


アルジェナが呟く。


魔物は二人を見た瞬間、さらに高い木へ飛び移った。


「待って!」


アルジェナが追おうとする。


しかし、その足が止まった。


森の奥から、別の音が聞こえた。


枝が折れる音。


そして――。


「……助けてくれ!」


遠くから、人の声が響いた。


アルジェナとリリアは顔を見合わせる。


「騎士さんです!」


「うん!」


二人は声のした方向へ走り出した。

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