第四十二話 国境の向こう側
グランセルを出てから、数日が経った。
大きな街を離れたことで、街道の様子も少しずつ変わっていた。
荷馬車の数は減り、すれ違う旅人も少なくなっている。
街道の両側には広い草原が続き、遠くには低い山々が見えていた。
「グランセルを出てから、ずいぶん静かになったね」
アルジェナが周囲を見回しながら言う。
「そうですね」
リリアも頷く。
「グランセルは、いろいろな場所へ向かう人が集まる町でしたから」
「道によって、こんなに違うんだ」
「はい」
二人はそのまま街道を歩き続けた。
昼を過ぎた頃、小さな宿場町が見えてきた。
大きな町ではない。
街道沿いに宿や店がいくつか並び、旅人が休める場所がある程度だった。
二人はそこで昼食を取り、休憩することにした。
食事を終えたあと、アルジェナはリリアが広げた地図を覗き込む。
「ねえ、リリア」
「はい?」
「この先が、国境なんだよね?」
「そうです」
リリアは地図を指でなぞる。
「ここからもう少し進むと、アルディア王国の国境があります」
「じゃあ、その先は?」
「リュネス王国です」
「リュネス王国……」
アルジェナは地図を見る。
アルディア王国とセレフィア聖国の間に、リュネス王国がある。
そして、そのさらに先にセレフィア聖国がある。
「じゃあ、セレフィア聖国に行くには、リュネス王国を通らないといけないんだ」
「はい」
「思ったより遠いね」
「そうですね」
リリアは地図を見ながら答える。
「グランセルからセレフィア聖国までは、まだ五百キロ以上あります」
「五百……」
アルジェナは思わず地図から顔を上げた。
「まだそんなにあるの?」
「はい」
「じゃあ、まだまだ先だね」
「急ぐ必要はありませんから」
リリアはそう言って地図を畳んだ。
「セレフィア聖国に着くまでにも、いくつかの町があります。教会もありますから、必要なら途中で休むこともできます」
「そっか」
アルジェナは立ち上がった。
「じゃあ、今日はもう少し進もうか」
「はい」
二人は宿場町を出て、再び街道を歩き始めた。
夕方になる頃には、遠くに別の宿場町が見えてきた。
その町で宿を取り、二人は一晩休むことにした。
「明日には、国境門まで行けそうですね」
夕食を終えたあと、リリアが言った。
「国境門か……」
アルジェナは少し考える。
「私、国境を越えるのって初めてかも」
「私もです」
「リリアも?」
「はい。教会の中で勉強したことはありますけど、実際に国の外へ出たことはありません」
「じゃあ、二人とも初めてなんだ」
「そうですね」
リリアは少しだけ緊張したように笑った。
「国境を越えたら、今までとは違う国ですから」
「何か気をつけることある?」
「身分証などを、すぐ出せるようにしておいたほうがいいと思います」
「分かった」
アルジェナは自分の荷物を確認する。
旅を始めてから、こういう準備にも少しずつ慣れてきた。
最初の頃なら、もっと何も考えずに歩いていただろう。
けれど今は、二人で旅をしている。
必要なものを確認することも、旅の一部になっていた。
「じゃあ、明日は国境だね」
「はい」
二人はそれ以上話さず、明日に備えて眠ることにした。
翌朝。
宿場町を出ると、街道は再び緩やかな上り坂になっていた。
朝の空気は涼しく、夏の終わりを感じさせる風が吹いている。
しばらく歩いていると、アルジェナが前方を見つめた。
街道の先に、大きな門が見えている。
その両脇には石造りの建物があり、数人の兵士が立っていた。
「……あれが?」
「はい」
リリアが頷く。
「国境門です」
アルジェナは足を止めた。
その先には、今まで歩いてきたアルディア王国とは違う国がある。
「……いよいよだね」
「はい」
二人は顔を見合わせる。
そして、国境門へ向かって歩き始めた。




