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第四十話 届かないもの

翌朝。


アルジェナは窓から差し込む朝の光で目を覚ました。


夏の暑さが少しずつ和らぎ始めた頃だった。


朝の風にはまだ夏の名残があるものの、以前よりも涼しさが混じっている。


窓の外からは、すでに人の声が聞こえていた。


昨日の夕方とは違い、グランセルの街は朝から活気に満ちていた。


荷馬車が通りを走り、店を開ける音が聞こえてくる。


遠くからは、商人が客を呼ぶ声も聞こえてきた。


「……朝から元気だな」


アルジェナは寝台から起き上がり、窓を開けた。


少し涼しい風が部屋へ入り、銀色の髪を揺らす。


「おはようございます、アルジェナ」


「おはよう、リリア」


リリアも起き上がり、身支度を始める。


「今日は買い物ですね」


「うん」


二人は簡単に朝食を済ませると、宿を出た。


朝のグランセルは、昨日の夕方とはまるで違っていた。


通りには荷物を積んだ荷馬車が増え、商店の前には商品を並べる人たちがいる。


市場の一角では、野菜や果物、肉などが並べられていた。


「まずは食料かな」


「そうですね」


二人は市場を歩きながら、必要なものを買い揃えていく。


旅に持っていく食料は、できるだけ日持ちするものを選ぶ。


水を入れるための袋も新しいものを一つ買った。


薬もいくつか買い足す。


「これくらいあれば大丈夫かな」


「はい」


リリアが買った薬を確認する。


「教会でもらえるものもありますけど、やっぱり自分たちで持っていたほうが安心ですね」


「うん」


買い物を続けていると、通りの先から人だかりが見えた。


「何だろう?」


アルジェナが足を止める。


人だかりの中央には、一人の老人が座り込んでいた。


その隣には、心配そうな顔をした女性がいる。


「大丈夫ですか?」


リリアが近づいて声をかけた。


「ええ……少し転んでしまって」


老人の足には、擦り傷ができていた。


大きな怪我ではない。


けれど、老人は立ち上がろうとしても、うまく力が入らないようだった。


「少し見せてください」


リリアは老人の傷を確認すると、手をかざした。


淡い光が傷を包む。


「おお……」


老人は目を細め、光を見つめる。


「神の加護か……ありがたいことだ」


「はい。少しだけですけど」


リリアはそう答えながら、傷の様子を確認する。


傷口の痛みが、少しずつ和らいでいく。


「これで大丈夫だと思います」


「ありがとう、お嬢さん」


老人は何度も頭を下げた。


「まさか、こんなところで神の加護を受けられるとはな……」


「大したことはしていませんから」


「いやいや。神の御力を分けていただけるだけでも、ありがたいことだ」


老人はそう言って、もう一度リリアに頭を下げた。


アルジェナはその様子を黙って見ていた。


リリアが神の加護を持っていることが、こういう形でも人を安心させるのだと、少しだけ分かった。


「無理に立たないでくださいね」


リリアがそう言って、老人が立ち上がるのを手伝う。


しかし――。


老人は一歩踏み出したところで、顔をしかめた。


「……やはり、足が痛むな」


リリアの表情が少し曇る。


「すみません……」


「いやいや。傷を治してもらっただけでも助かったよ」


老人はそう言って笑った。


アルジェナはその様子を見ていた。


「リリア」


「はい?」


「加護でも、全部治せるわけじゃないんだね」


「……はい」


リリアは老人の足を見る。


「傷は治せても、痛みや身体の悪いところまで全部治せるわけではありません」


「そっか」


アルジェナは老人の足を見つめた。


神の加護があれば、何でもできる。


そんなものなのかと思っていた。


けれど――そういうわけじゃないらしい。


「……加護も、万能じゃないんだ」


アルジェナが小さく呟く。


「はい。私の加護も、まだまだ弱いですから」


リリアは少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「だから、薬も必要なんです」


アルジェナは頷いた。


昨日、教会で聞いた話を思い出す。


神の加護を持っていても、できることには限りがある。


それでも、リリアは自分にできることをしようとしている。


アルジェナは、そんなリリアを見ていた。


自分にできることをする。


それは、自分も同じだった。


「それでも、助かったって言ってくれたよ」


「……はい」


リリアは少しだけ笑った。


「それなら、よかったです」


二人は老人と別れ、再び市場を歩き始めた。


しばらく歩いていると、リリアがぽつりと言った。


「私にできることは、まだ少ないですけど……」


アルジェナが隣を見る。


「それでも、できることがあるなら、私はやりたいです」


「……リリアらしいね」


「そうですか?」


「うん」


アルジェナは少し笑った。


「でも、無理して全部やろうとしなくていいからね」


リリアは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。


「……はい」


「まあ、私も人のこと言えないけど」


「そうですね」


「そこは否定してよ」


二人は顔を見合わせて笑った。


買い物を終える頃には、二人の荷物も少し増えていた。


「これで必要なものは揃いましたね」


「うん」


アルジェナは荷物を持ち直す。


「……せっかくだし、もう少しグランセルを見て回ろうか」


「いいんですか?」


「うん。大きな町だし、まだ見てないところも多いから」


「私も、もう少し見てみたいです」


「じゃあ、少し歩こうか」


「はい」


二人は買い物を終えた荷物を抱えながら、グランセルの街を歩いていった。


夏の暑さが少しずつ和らぎ、季節はゆっくりと秋へ向かい始めている。


そんな季節の変化を感じながら、二人はまだ知らないグランセルの街を歩いていく。


大きな町には、まだ二人の知らない場所がいくつもある。


その一つ一つを見ながら――。


二人の旅は、少しずつ続いていく。

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