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第三十六話 助けを求める声

村を出てから、二人は街道を歩き続けていた。


街道の両側には広い草原が広がり、ところどころに低い丘が見える。


遠くには森が続いており、その先には青く霞んだ山々が見えていた。


道は緩やかな下り坂になっていて、時折、荷物を積んだ荷馬車が二人の横を通り過ぎていく。


「次の町までは、まだ少しかかりそうですね」


リリアが前方を見ながら言った。


「うん。今日はできれば町まで行きたいね」


「そうですね」


二人は並んで歩いていた。


しばらくすると――


「……ん?」


アルジェナが足を止めた。


「どうしました?」


「何か聞こえない?」


リリアも耳を澄ます。


風に揺れる草の音。


鳥の鳴き声。


その中に、小さな声が混じっていた。


「……誰か、いるみたい」


アルジェナは街道の脇へ視線を向ける。


そこから少し離れた場所に、一台の荷馬車が止まっていた。


馬は繋がれたままだが、馬車は動いていない。


そのそばには、二人の人影が見える。


「行ってみよう」


「はい」


二人は荷馬車へ近づいていった。


「どうしたんですか?」


アルジェナが声をかける。


振り向いたのは、四十代くらいの男性だった。


商人らしく、簡素な服の上から厚手の外套を羽織っている。


その隣には、十代くらいの少女が立っていた。


「ああ……すまない」


男性は困ったように頭を掻いた。


「車輪が壊れてしまってな」


アルジェナが荷馬車を見る。


片側の車輪が大きく傾いていた。


「これじゃ動かせないね」


「そうなんだ。町まで運びたいんだが、どうにもならなくてな」


「怪我は?」


リリアが尋ねる。


「幸い、誰も怪我はしていない」


「それならよかったです」


リリアはほっとしたように笑った。


アルジェナは壊れた車輪を確認する。


「少し持ち上げれば、直せるかも」


「え?」


「リリア、ちょっと手伝って」


「はい」


二人で荷馬車の近くに立つ。


アルジェナが車体を持ち上げる。


「今のうちに、こっちを支えて」


「分かりました」


リリアが木材を差し込み、車体を固定する。


商人の男も慌てて手を貸した。


「よし……これならいけそう」


アルジェナは壊れた部分を確認する。


完全に壊れているわけではない。


固定している部分が外れただけだった。


「このまま町まで行くなら、あまり速度は出さないほうがいいね」


「助かるよ」


商人が安堵したように息を吐いた。


「本当にありがとう」


「いえ」


アルジェナは立ち上がった。


そのとき、商人の娘が口を開いた。


「お姉ちゃんたち、旅をしてるの?」


「うん」


「どこまで?」


「セレフィア聖国まで」


「そんな遠くまで?」


「そうだよ」


少女は驚いたように目を丸くした。


「私なら途中で帰りたくなっちゃうかも」


「最初は私もそうだったかもしれない」


アルジェナは笑った。


「でも、一緒に旅をする人がいるから」


そう言って、リリアを見る。


「……私も、アルジェナが一緒でよかったです」


リリアが微笑んだ。


商人は二人を見て、少し笑った。


「仲がいいんだな」


「そうですね」


リリアが答える。


アルジェナも頷いた。


荷馬車の修理が終わると、商人は馬を引いてゆっくりと動かし始めた。


「そういえば――」


商人が振り返る。


「この先の道には、最近魔物が出るという話もある」


「魔物が?」


アルジェナの表情が少し変わる。


「確かな話ではないんだがな。街道を外れた場所で見かけたという話を聞いた」


「分かりました。気をつけます」


「二人だけなら、無理はしないほうがいい」


「うん」


アルジェナは素直に頷いた。


「教えてくれてありがとう」


商人たちはそのまま町へ向かっていった。


二人も少し遅れて歩き始める。


「魔物の話、気になりますね」


リリアが言う。


「うん。でも、見てないものを怖がっても仕方ないよ」


「そうですね」


アルジェナは前を向く。


「もし見つけたら、そのとき考えればいい」


「はい」


しばらく歩いたところで、アルジェナがふと思い出したように言った。


「そういえば、さっきの人たちから何かもらわなくてよかったのかな」


「報酬のことですか?」


「うん」


「アルジェナは、最初はいらないって言いそうですね」


「……まあ」


リリアが少し笑う。


「でも、旅を続けるにはお金も必要ですよ」


「それは分かってるけど……」


「助けてもらった側が、お礼をしたいと思うこともあります」


「……そうだね」


アルジェナは少し考えた。


「じゃあ、次はちゃんともらおうかな」


「はい」


二人は笑いながら、再び街道を歩いていく。


セレフィア聖国への道は、まだ長い。


それでも――


困っている人を見つければ、二人はきっと足を止める。


そんな旅が、少しずつ二人の日常になり始めていた。

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