第三十二話 二人の戦い
二人は、街道を歩いていた。
森の中を進んでいた頃とは違い、足元は平らで歩きやすい。
街道の両側には、背の高い草が一面に広がっていた。
風が吹くたびに、草原が波のように揺れている。
「こういう道なら、歩きやすいですね」
リリアが周囲を見ながら言った。
「うん。森の中を歩くより、ずっと楽」
アルジェナも周囲を見渡す。
「こういう草原の街道って、魔物はあまり出ないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。森の近くの街道なら、たまに出るんだけど」
アルジェナは街道の先へ目を向けた。
「こっちは今まで、一度も遭ったことないよ」
「では、比較的安全なんですね」
「そうだね」
アルジェナはそう答えたあと、少しだけ表情を引き締めた。
「でも……街道に出てくる魔物には、気をつけろって師匠に教えてもらった」
「どうしてですか?」
「人間がよく通る場所だから、普通なら狩られたり追い払われたりするでしょ?」
「はい」
「それなのに、街道まで出てきて生き残ってる魔物は――」
アルジェナは周囲の草むらへ目を向けた。
「狡猾だったり、普通の個体より強かったりすることがあるんだって」
「……なるほど」
リリアが頷く。
「人間に見つからないようにして、生き残ってきたということですね」
「うん」
アルジェナは剣に手を添えた。
「だから、出てきたら油断しないほうがいい」
「はい」
二人はそのまま、街道を歩き続けた。
そのときだった。
街道の脇に生えていた高い草が――
大きく揺れた。
「……え?」
リリアが足を止める。
アルジェナも立ち止まり、草むらを見つめた。
次の瞬間。
草の中から、何かが飛び出してきた。
「魔物……!」
アルジェナが叫ぶ。
四本の脚で地面を蹴り、魔物がこちらへ向かってくる。
「リリア、下がって!」
アルジェナが前へ出る。
「はい!」
リリアが後ろへ下がる。
魔物の大きさは、アルジェナの胸ほど。
四本脚の獣型で、身体は灰色がかった毛に覆われている。
大きさだけを見れば――第五級。
「第五級……」
アルジェナが呟く。
だが、魔物はすぐには飛びかかってこなかった。
少し離れた場所で、アルジェナとリリアを交互に見る。
まるで二人を値踏みするように。
「……?」
アルジェナが眉をひそめる。
次の瞬間、魔物が地面を蹴った。
「速い!」
アルジェナがとっさに身体を横へ逸らす。
魔物の爪が、目の前を掠めた。
そのまま魔物は草むらへ飛び込む。
「……逃げた?」
「違う!」
アルジェナが叫ぶ。
次の瞬間、反対側の草むらから魔物が飛び出した。
「っ!」
今度はリリアへ向かっている。
アルジェナがすぐに間へ割り込む。
剣で爪を受け流し、魔物を弾き飛ばした。
「リリア、大丈夫?」
「はい!」
魔物は再び距離を取った。
アルジェナは剣を構えたまま、魔物を睨む。
「……こいつ、私たちをつけてきたのかも」
「え?」
「草むらに隠れながら、ずっとついてきてたんじゃないかな」
アルジェナは魔物の動きを思い返す。
「私たちが二人だけだって分かってから、襲ってきたのかもしれない」
「魔物が、そこまで考えるんですか?」
「分からない。でも……」
アルジェナは魔物を見つめる。
「何も考えずに襲ってきたようには見えなかった」
「……確かに、そんな感じでした」
アルジェナは剣を構え直す。
「師匠にも教えてもらったんだ。街道に出てくる魔物には、狡猾なやつや、普通より強い個体がいるって」
「なるほど……」
リリアが魔物を見る。
「だから、街道だからといって安心はできないんですね」
「うん」
アルジェナは魔物を見据えた。
「どんな魔物でも、ちゃんと見ないとね」
魔物が再び地面を蹴った。
今度は正面から。
アルジェナは真正面から受けず、横へ身体をずらす。
爪をかわしながら剣を振る。
だが、魔物は素早く身を翻した。
「くっ……!」
今度はアルジェナが追う。
一歩。
二歩。
魔物の動きを読みながら、少しずつ距離を詰めていく。
その間、リリアは少し離れた場所からアルジェナを見ていた。
そして、静かに手を伸ばす。
「……神の加護を」
淡い光が、アルジェナを包む。
「……何、これ?」
身体にまとわりついていた重さが、ほんの少しだけ軽くなった。
「神の加護です。ほんの少しだけ、動きやすくなるように……」
「へえ……」
アルジェナが足元を確認する。
身体が軽い。
ほんの少しだけ。
けれど、それで十分だった。
魔物が再び飛び込んでくる。
「今度は――!」
アルジェナが踏み込む。
魔物の爪をかわし、その懐へ入り込む。
剣を振り抜いた。
「――そこ!」
刃が魔物の身体を捉える。
魔物が大きくよろめいた。
それでも倒れない。
「まだ!」
魔物が振り返る。
だが、アルジェナはすでに次の一撃へ移っていた。
剣を振り下ろす。
魔物が地面へ倒れた。
しばらく身体を動かしていたが――やがて動かなくなった。
アルジェナは剣を下ろす。
「……倒した」
リリアが駆け寄ってくる。
「アルジェナ、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
アルジェナは魔物の死骸を見下ろした。
「第五級なのに、かなり速かった」
「人間に狩られずに生き残ってきたから、でしょうか」
「たぶんね」
アルジェナは剣を鞘に収める。
「等級だけじゃ分からないこともあるって、師匠にも教えてもらった」
リリアが魔物の死骸を見る。
「……街道に出てくる魔物が、珍しい理由も少し分かった気がします」
「うん」
アルジェナは街道の先を見る。
「出てこないんじゃなくて――出てきても、生き残れるやつが少ないのかもね」
「そうかもしれませんね」
二人は顔を見合わせる。
「……リリアがいてくれて、よかった」
「え?」
「一人だったら、今の加護もなかったから」
アルジェナが笑う。
「助かったよ」
リリアは少し照れたように笑った。
「私もです」
二人は並んで、再び街道を歩いていった。




