第三十一話 神の加護
翌朝。
アルジェナとリリアは、町を出た。
街道を並んで歩きながら、アルジェナは隣を歩くリリアをちらりと見る。
昨日までは、一人で歩いていた。
それが今は、隣にもう一人いる。
「……なんか変な感じ」
「何がですか?」
「一人じゃないこと」
リリアは少し笑った。
「私もです」
「リリアは、こういう旅は初めて?」
「長い旅は初めてですね。近くの町まで行ったことはありますけど」
「そっか」
アルジェナは前を向いた。
しばらく歩いていると、ふと昨日の話を思い出す。
「ねえ、リリア」
「はい?」
「神官になるんだよね?」
「はい」
「聖女っていうのも、神官とは違うの?」
リリアは少し考えてから答えた。
「はい。聖女様は、聖女教会の中でも特別な存在です」
「どれくらい特別なの?」
「神の加護を、最も強く受けた方です」
「……神の加護」
アルジェナは、その言葉を繰り返した。
「私にも、少しだけあります」
リリアは自分の手を見つめた。
「小さな傷を癒したり、出血を止めたり……簡単な浄化もできます」
「それって、神様に選ばれたってこと?」
「……私は、そう教えられています」
リリアは少しだけ笑った。
「ただ、私の力はまだ弱いです」
「でも、普通の人にはできないんでしょ?」
「そうですね」
「じゃあ、リリアも神様に選ばれたんだ」
その言葉に、リリアは少し驚いたようにアルジェナを見る。
「……そうなのかもしれません」
「かもしれない?」
「私はまだ、聖徒でもありませんから」
「聖徒って?」
「神官の中でも、特に強い神の加護を持つ方です」
「じゃあ、聖女は?」
「聖徒よりも、さらに特別な存在です」
リリアは少し遠くを見るようにした。
「私にとっては、ずっと憧れです」
「聖女が?」
「はい」
リリアは小さく頷いた。
「人を救って、たくさんの人に頼られて……私も、いつかあんなふうになれたらと思っています」
「……そっか」
アルジェナは黙って前を向いた。
神に選ばれた勇者。
神に選ばれた聖女。
そして、神の加護を受けているリリア。
どれも、自分とは違う。
アルジェナは、少しだけ羨ましいと思った。
自分も、選ばれたかった。
聖剣に選ばれて、人を守れる力を持ちたかった。
「……私も、そうなれたらよかったな」
「アルジェナ……」
「ううん」
アルジェナは首を振った。
「ちょっと羨ましいなって思っただけ」
リリアは何も言わなかった。
ただ、アルジェナの横顔を静かに見つめている。
「でも……」
アルジェナは腰の剣に手を添えた。
「私には、この剣があるから」
「はい」
「聖剣じゃなくても、人を守ることはできるしね」
「……そうですね」
リリアは優しく微笑んだ。
そのときだった。
街道の先から、人の声が聞こえてきた。
「誰かいる!」
「怪我をしてる!」
アルジェナが足を止める。
「行こう」
「はい!」
二人は声のする方へ走った。
街道脇に、一人の旅人が座り込んでいた。
足を押さえている。
「どうしました?」
リリアが駆け寄る。
「転んだだけだ。大したことは……」
旅人が言い終わる前に、リリアは傷を確認した。
「少し出血していますね」
リリアが手をかざす。
淡い光が、傷口を包んだ。
「……おお」
出血がゆっくりと止まっていく。
アルジェナは目を丸くした。
「本当に治せるんだ」
「大きな傷は無理ですけど、このくらいなら」
リリアは少し照れたように笑った。
旅人は何度も頭を下げる。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ。これくらいしかできませんから」
「十分だよ」
旅人が立ち上がる。
アルジェナも手を貸した。
「歩けそう?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「よかった」
旅人を見送ると、アルジェナはリリアを見る。
「便利だね、それ」
「便利……ですか?」
リリアが少し困った顔をする。
「えっと……」
アルジェナは慌てて付け加えた。
「いや、悪い意味じゃなくて」
「ふふっ。分かっています」
リリアは笑った。
「私が神の加護を使えるのは、こういう人を助けるためですから」
「うん」
アルジェナも笑う。
「じゃあ、これからも一緒に助けよう」
「はい」
二人は再び街道を歩き始めた。
アルジェナの剣と。
リリアの小さな神の加護と。
それぞれ違う力を持つ二人の旅は、始まったばかりだった。




