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第二十八話 自分で選んだ道

それから、数日が過ぎた。


アルジェナは、街道を歩いていた。


旅に出てから、まだそれほど日は経っていない。


宿に泊まった日もあれば、街道から少し離れた場所で野宿をした日もあった。


食料や水を補給しながら、その日の行き先を決める。


旅に必要な金も、少しずつ減っていく。


旅立つとき、ヴァルドが路銀を持たせてくれた。


だが、それだけで旅を続けることはできない。


宿に泊まれば金がかかる。


食料を買えば金がかかる。


剣の手入れや、旅に必要な道具を買うこともある。



そのためアルジェナは、町に立ち寄ったときには、自分にできる仕事を探していた。


荷物運び。


店の手伝い。


薪割り。


簡単な掃除。


大きな仕事ではない。


けれど、少しずつ金を稼ぐことはできた。



「これなら、しばらくは大丈夫かな」


アルジェナは懐の袋を確かめる。


まだ余裕はある。


けれど、無駄遣いをするつもりはなかった。



街道の先に、小さな町が見えてきた。


アルジェナは歩く速度を少し上げる。



「今日は、あそこで泊まろうかな」



町へ近づくにつれて、人の姿も増えていく。


荷馬車を引く商人。


旅をする家族。


武器を腰に差した者たち。


そして、王国の紋章をつけた騎士たち。



町へ入ったアルジェナは、通りを歩いていた。


昼時ということもあり、町には多くの人が行き交っている。


店先には商品が並び、通りには商人の声が響いていた。



「……今日は、どこに泊まろうかな」



そんなことを考えていたときだった。



「よいしょ……っと」



少し先から、年配の女性の声が聞こえた。


見ると、店の前に木箱がいくつも積まれている。


女性は一人でそれを運ぼうとしていた。


一つ持ち上げる。


だが、重かったのか、途中で足を止めた。



「……これは、ちょっと無理かねぇ」



アルジェナは足を止めた。


しばらく見ていたが、女性はもう一度木箱を持ち上げようとしている。


アルジェナは、そのまま通り過ぎることができなかった。



「すみません」


「ん?」



女性が振り返る。


「私、手伝いましょうか?」


「え?」


女性は驚いたようにアルジェナを見る。


「いいのかい?」


「はい。これ、どこに運べばいいですか?」


「店の裏だよ。助かるねぇ」


「分かりました」



アルジェナは木箱を持ち上げる。


思っていたより重い。


それでも、問題なく運べた。



「よいしょ……っと」



一つ運ぶ。


また一つ。


女性と一緒に、積まれていた木箱を少しずつ運んでいく。



「いやぁ、助かったよ」


最後の木箱を運び終えると、女性が腰を伸ばした。


「一人じゃ大変だったんだ」


「これくらいなら、大丈夫ですよ」


アルジェナが笑う。



「そうかい。じゃあ、これを持っていきな」


女性は小さな袋を差し出した。



「これは……?」


「手伝ってもらったんだ。少ないけど、仕事代だよ」


アルジェナは袋を受け取る。


中には数枚の硬貨が入っていた。



「ありがとうございます」


「旅の途中かい?」


「はい」


「そうかい。一人で大変だろうけど、気をつけて行くんだよ」


「はい!」



アルジェナは頭を下げた。



女性と別れ、通りを歩きながら、アルジェナは受け取った硬貨を眺めた。



「……こういうのでも、旅の足しになるんだ」



ヴァルドからもらった路銀だけに頼るのではなく、自分で働いて稼ぐ。


それなら、旅を続けていける。



「よし」



アルジェナは小さく頷いた。



困っている人がいたら助ける。


その結果として、旅に必要なものを手に入れる。



それなら、自分の旅にも合っている気がした。



その日の宿を決め、食事を済ませた。


翌朝。


アルジェナは町を出た。



街道をしばらく歩いていると、前方から何台もの馬車がやってきた。


荷物を積んだ商人の馬車。


旅人を乗せた馬車。


そして、その周囲を囲むように歩く武装した男たち。



「……傭兵かな」



商人たちの護衛をしているのだろう。



アルジェナが眺めていると、街道の先から騒ぎ声が聞こえてきた。



「魔物だ!」


「馬車を止めろ!」


「護衛は前へ!」



傭兵たちが一斉に動き出す。



アルジェナも足を止めた。



街道の先。


森の近くで、魔物が姿を現していた。



四本の足。


灰色の毛。


二メートルほどの身体。


額には一本の角。


鋭い牙と爪を持つ、獣のような魔物だった。



「第五級……」



アルジェナが呟く。



傭兵たちはすぐに隊列を組んだ。



「馬車を下げろ!」


「前に出すぎるな!」


「こいつは俺たちがやる!」



傭兵たちが魔物へ向かっていく。


アルジェナは剣に手を添えた。


だが、すぐには動かなかった。



傭兵がいる。


それなら、自分が無理に戦う必要はない。



そう考えた、そのときだった。



「――助けて!」


森の奥から声が聞こえた。



アルジェナが振り返る。



「……?」


もう一度、声が聞こえた。



「誰か、助けて!」



傭兵たちが戦っている場所とは、少し離れている。


どうやら別の場所に、逃げ遅れた人がいるらしい。



アルジェナは森を見る。



「……あっちにもいる」



迷ったのは、一瞬だった。



アルジェナは剣を抜いた。



「私が行く」



傭兵たちの戦いを邪魔しないよう、別の道から森へ入る。



木々の間を進む。



足元には新しい足跡。


折れた枝。


地面に残された爪痕。



「近い……」



森の奥から、再び声が聞こえる。



「誰か……!」


アルジェナは走った。



そして――


木々の向こうに、一人の男がいた。



その男は倒れた馬車のそばで、動けなくなっていた。


足を痛めているのか、立ち上がろうとしても動けない。



「大丈夫ですか!」


「き、君は……?」


「助けに来ました!」


「魔物が……!」


男が震える声で言った。



その直後。


森の奥から、低い唸り声が聞こえた。



「……来る」



アルジェナは男の前に立った。



木々の間から、別の魔物が姿を現す。



同じような身体つきをしている。


だが――



「……第五級」



アルジェナは剣を構えた。



魔物がこちらへ向かって走ってくる。



「動けますか?」


「無理だ……」


「分かりました」


アルジェナは男の前から動かない。



「そこにいてください」


「君、一人で戦うのか?」


「大丈夫です」



魔物が飛びかかってくる。



アルジェナは身体を横へずらし、爪をかわした。



そのまま距離を取る。



「こっち!」



魔物の注意を自分へ向ける。



魔物が唸り声を上げる。



アルジェナは周囲を見る。


後ろには助けるべき人。


左右には木々。


正面に魔物。



「……ここなら、戦える」



アルジェナは剣を構え直した。



魔物が再び飛びかかってくる。



アルジェナはぎりぎりまで引きつけ――


横へ飛ぶ。



爪が空を切った。



「そこ!」



振り返りざまに剣を振る。



魔物の身体に傷が走る。



魔物が振り返る。



「まだ……!」



アルジェナは距離を取った。



焦らない。


魔物の足を見る。


呼吸を見る。


目の動きを見る。



ヴァルドに教えられたこと。


父から教わった基礎。


そして、自分自身で積み重ねてきたもの。



すべてを使う。



魔物が三度目の突進を仕掛ける。



アルジェナは身体を沈めた。



魔物の身体が頭上を通り過ぎる。



「今!」



振り返り、剣を振り抜く。



魔物が地面に倒れた。



アルジェナはすぐには近づかなかった。



少し離れた場所から、魔物の様子を確認する。



やがて――


完全に動かなくなった。



「……終わった」



アルジェナは剣を下ろした。



男が、呆然とアルジェナを見ている。



「……助かった」


「はい。もう大丈夫です」


アルジェナは男のもとへ駆け寄った。



「立てますか?」


「ああ……なんとか」


「肩を貸します」


アルジェナは男を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。



「ありがとうございます……本当に」


「怪我を見てもらったほうがいいです。街道まで戻りましょう」


「ああ」



二人が森を抜ける。


街道では、先ほどの傭兵たちが魔物を倒し終えていた。



「そっちは大丈夫か!」


傭兵の一人が声をかける。


「はい。この人が逃げ遅れていました」


「そうか。無事でよかった」


傭兵は男を確認すると、ほっと息を吐いた。



「嬢ちゃん、助かった」


「いえ」


「俺たちが前を抑えてる間に、別の場所を見てくれたんだな」


アルジェナは少し驚いた。



「……はい」


「それで十分だ。人を守るってのは、魔物を倒すことだけじゃないからな」



アルジェナは、その言葉を聞いて少しだけ目を見開いた。



「……そうですね」



男も何度もアルジェナへ頭を下げた。



「本当にありがとう」


「気をつけてください」


男は傭兵たちに支えられながら、馬車の方へ戻っていった。



その途中で、男が振り返る。



「せめて、これだけでも!」


男が小さな袋を差し出した。



「そんな……」


「命を助けてもらったんだ。これくらいしかできないが……」



アルジェナは少し迷った。



旅には金が必要だ。


宿を取り、食料を買う。


これから先も旅を続けるために。



「……ありがとうございます」



アルジェナは袋を受け取った。



「気をつけて帰ってください」


「ああ。本当にありがとう」



男は頭を下げ、馬車へ戻っていった。



アルジェナは受け取った袋を見つめる。


中には数枚の硬貨が入っていた。



「これで、しばらくは大丈夫かな」



小さく笑う。



町で働いて稼いだ金。


そして、人を助けたことで受け取った金。



どちらも、大きな額ではない。


けれど――


これがあれば、また少し旅を続けられる。



アルジェナは剣を見つめた。



聖剣には選ばれなかった。


擬聖剣にも選ばれなかった。



それでも、この剣で人を守ることはできる。



「……私の道は、これでいいんだ」



アルジェナは街道へ戻った。



遠くには、傭兵たちが次の馬車の護衛へ戻っていく姿が見える。



そして、そのさらに先には騎士団の姿もあった。



騎士団には騎士団の道がある。


傭兵には傭兵の道がある。



そして――


自分には、自分の道がある。



「私も、頑張ろう」



アルジェナは、街道の先へ向かって歩き始めた。



まだ旅は始まったばかり。



これから先、どんな人と出会うのか。


どんな場所へ辿り着くのか。


どんな魔物と戦うことになるのか。



アルジェナは、まだ何も知らない。



ただ――



自分で選んだ道を、自分の足で歩いていた。

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