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第二十六話 旅立ち

朝の森に、柔らかな光が差し込んでいた。


アルジェナは、一人で森の道を歩いていた。


背中には旅の荷物。


腰には、普段使っている剣。


そして荷物の中には――父から受け継いだ剣がある。


昨日までとは違う。


隣を歩くヴァルドはいない。


振り返れば、いつでも戻れる。


それでも今日は、自分一人で歩いている。



「……本当に、行っちゃったんだな」


アルジェナは小さく呟いた。


昨日まで暮らしていた家は、もう木々の向こうに見えない。


少しだけ寂しい。


けれど、不思議と不安だけではなかった。


胸の奥には、それ以上に大きな気持ちがあった。



「……楽しみだな」


まだ見たことのない場所。


まだ会ったことのない人。


知らない町。


知らない道。


そして、自分がどこまでやれるのか。



アルジェナは歩き続けた。



しばらくすると、森の外へ出た。


目の前には、広い街道が伸びている。


荷馬車が何台も行き交い、旅人たちがそれぞれの目的地へ向かっていた。


アルジェナは足を止める。


これまで何度もヴァルドと通った道だった。


けれど、一人で見ると少し違って見える。



「……ここからなんだ」


アルジェナは街道の先を見る。


その先には、以前から何度も訪れていた町がある。


今日は、そこへ一人で向かう。



「よし」


アルジェナは気持ちを切り替え、歩き始めた。



街道を進んでいると、前から一台の荷馬車が近づいてきた。


御者の男がアルジェナに気づき、声をかける。


「お嬢ちゃん、一人旅か?」


「はい」


「護衛は?」


「いません」


男は少し驚いた顔をする。


「大丈夫なのか?」


「はい。剣は使えます」


アルジェナが腰の剣に手を添える。


男はアルジェナをしばらく見たあと、苦笑した。


「そうか。まあ、無理はするなよ」


「ありがとうございます」


荷馬車が通り過ぎていく。


アルジェナは、その背中を見送った。



一人。


その言葉が、改めて胸に落ちてくる。


ヴァルドがいない。


何かあっても、すぐに助けてもらえるわけではない。


自分で判断しなければならない。


自分で戦わなければならない。


そして――


自分で生きなければならない。



アルジェナは剣の柄に触れた。


「……大丈夫」


誰に言うでもなく呟く。


「私なら、できる」


父から教わった剣。


母から教わった、生きていくための知恵。


そして、ヴァルドから教わった戦い方。


これまで積み重ねてきたものを胸に、アルジェナは再び歩き出した。



昼を過ぎた頃。


街道の脇に、小さな標識が立っていた。


町まで、あと半日。


アルジェナは標識を確認してから、少しだけ空を見上げた。


「今日は町で泊まろうかな」


旅の予定を自分で決める。


それだけのことが、少し嬉しかった。



夕方。


アルジェナは無事に町へ辿り着いた。


門をくぐる。


何度もヴァルドと一緒に訪れた町だった。


見慣れた通り。


見慣れた店。


見慣れた石畳。


それなのに――


一人で歩いていると、いつもとは違う町に見えた。


これまでは隣にヴァルドがいた。


どこへ行くのかも、何を買うのかも、自然とヴァルドについていけばよかった。


けれど今日は違う。


どこへ行くのか。


どこに泊まるのか。


何をするのか。


すべて、自分で決めなければならない。


アルジェナは周囲を見回しながら、ゆっくりと歩いた。



宿を探し、受付で部屋を借りる。


「一人かい?」


「はい」


「そうか。気をつけて旅するんだよ」


「ありがとうございます」



部屋へ入ると、アルジェナは荷物を下ろした。


静かな部屋だった。


窓の外には、夕暮れの町が見える。


アルジェナはベッドに腰を下ろした。



「……ヴァルドさん」


自然と、その名前が口から出た。


少しだけ寂しい。


けれど、帰ろうと思えば帰れる。


あの森には、自分を待ってくれる人がいる。


そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。


アルジェナは荷物の中から、父の剣を取り出した。


鞘に収まったままの剣を、膝の上に置く。


「お父さん」


返事があるはずもない。


それでも、アルジェナは少し笑った。


「私、旅に出たよ」


剣をそっと撫でる。


「お母さんに教えてもらったことも、ちゃんと覚えてる」


少しだけ間を置く。


「ヴァルドさんに教えてもらったことも」


アルジェナは剣を見つめる。


「私、ちゃんと人を守れるようになるから」


そう呟いて、剣を荷物へ戻した。



窓の外では、夕日が沈み始めていた。


アルジェナは窓辺に立つ。


今日から、自分の旅が始まった。


どこへ行くのか。


誰と出会うのか。


何が待っているのか。


まだ何も分からない。


それでも――


アルジェナは、前を向いた。



十四歳の少女の旅は、こうして始まった。

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