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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第二十四話 守るための判断

夏の森を、一人の少女が歩いていた。


木々の間から差し込む日差しは強く、蝉に似た虫の声が森中に響いている。


アルジェナは腰の剣に手を添えながら、ゆっくりと歩いていた。


今日はヴァルドと一緒ではない。


少しずつ、一人で行動することにも慣れてきていた。


「……ん?」


前方から、話し声が聞こえた。


アルジェナが足を止める。


森の道の先に、一台の小さな荷車が見えた。


荷車を引いているのは、旅人らしい男。


その隣には、十歳くらいの女の子が歩いている。


「こんにちは」


アルジェナが声をかけると、男が振り返った。


「おや?」


「この先、町へ向かうんですか?」


「ああ。街道に出れば、あとはまっすぐだ」


男は笑う。


「この森を抜けたほうが近いからな」


「……森を?」


アルジェナは周囲を見た。


何かがおかしい。


鳥の声が少ない。


そして――


地面に残された爪痕。


アルジェナはしゃがみ込む。


「これ……」


「どうした?」


「魔物の爪痕です」


男の表情が変わる。


「魔物?」


アルジェナは立ち上がり、周囲を見渡した。


「新しいです」


「……本当か?」


「はい」


アルジェナは森の奥を見る。


「この先には、行かないほうがいいと思います」


男は困ったような顔をした。


「だが、街道を回るとかなり遠回りになる」


「それでもです」


アルジェナははっきりと言った。


「危ないと思います」


男は少し迷った。


すると、隣にいた少女がアルジェナを見る。


「お姉ちゃんは、この森に詳しいの?」


「少しだけ」


「じゃあ、魔物がいるの?」


「……いるかもしれない」


アルジェナは少女に視線を合わせた。


「だから、街道まで一緒に行こう」


男が驚いた顔をする。


「君が?」


「はい」


「一人で?」


アルジェナは剣に手を添えた。


「……任せてください」


男はしばらくアルジェナを見た。


やがて頷く。


「……分かった。頼む」


三人は来た道を戻り始めた。


だが――


少し進んだところで。


ガサッ。


茂みが揺れた。


アルジェナが足を止める。


「止まってください」


男と少女が立ち止まる。


「……魔物ですか?」


「たぶん」


アルジェナは剣を抜いた。


茂みの向こうから、魔物が姿を現した。


灰褐色の毛。


四本の脚。


額から伸びた一本の角。


第五級。


アルジェナは魔物を見つめる。


足。


呼吸。


目。


魔物の動きを読む。


けれど、今日はいつもとは違う。


背後には、守るべき二人がいる。


逃げる場所も限られている。


だからこそ、アルジェナは焦らなかった。


「お父さん」


少女が父親の服を掴む。


「大丈夫だ」


男はそう言ったものの、声は震えていた。


アルジェナは周囲を確認する。


背後には細い道。


右には大きな岩。


左には木々が密集している。


「……あっち」


アルジェナは右側を指した。


「岩の向こうに隠れてください」


「でも、君は?」


「私がここで止めます」


「一人で戦うのか?」


「はい」


男が何か言おうとする。


だが、アルジェナは首を横に振った。


「ここにいるほうが危ないです」


「……分かった」


男は少女の手を握った。


「行くぞ」


二人が岩の向こうへ移動する。


それを確認してから、アルジェナは魔物へ向き直った。


魔物が唸る。


「……来て」


魔物が飛びかかってきた。


アルジェナは横へ避ける。


爪が空を切る。


そのまま魔物の横へ回り込む。


だが、すぐには攻撃しない。


魔物の動きを見ながら、少しずつ位置を変えていく。


背後にいる二人から、魔物を遠ざけるためだ。


魔物が再び突っ込んでくる。


アルジェナは横へ飛ぶ。


爪が地面をえぐった。


「……まだ」


魔物が振り返る。


アルジェナは一歩下がる。


そして、さらに一歩。


少しずつ魔物を岩から離していく。


「こっち……!」


魔物がアルジェナを追う。


十分に距離が開いた。


アルジェナは周囲を確認する。


もう、二人に近づく心配はない。


「……今!」


アルジェナが踏み込む。


魔物の攻撃をかわし、その懐へ入る。


そして――


剣を振り抜いた。


魔物が倒れる。


アルジェナはしばらく動かなかった。


やがて剣を下ろす。


「……終わった」


岩の向こうから、少女が顔を出した。


「お姉ちゃん!」


「もう大丈夫だよ」


アルジェナが笑う。


少女が駆け寄ろうとする。


父親が慌てて止めた。


「待ちなさい!」


そして、魔物が倒れていることを確認する。


「……本当に、倒したのか」


「はい」


男は何度も頭を下げた。


「ありがとう」


「娘を守ってくれて、本当にありがとう」


アルジェナは少し驚いた。


「……私、魔物を倒しただけです」


「それでもだ」


男は少女の肩に手を置く。


「この子が無事だったのは、君のおかげだ」


少女もアルジェナを見上げる。


「お姉ちゃん、ありがとう」


アルジェナは少し照れたように笑った。


「うん」


二人は街道へ向かって歩き始める。


しばらくして、少女が振り返った。


「お姉ちゃん!」


「ん?」


「またね!」


アルジェナは手を振る。


「気をつけてね!」


親子の姿が見えなくなるまで、アルジェナはその場に立っていた。


そして、自分の剣を見る。


今日は、一人で魔物と戦った。


けれど、それだけではなかった。


相手の強さ。


周囲の地形。


逃げ道。


守るべき人。


全部を考えて、自分で決めた。


「……ヴァルドさん」


アルジェナは小さく呟く。


「これが……守るってことなのかな」


答える声はない。


それでも、アルジェナには少しだけ分かった気がした。


剣で魔物を倒すことだけが、人を守ることではない。


いつ戦うのか。


どこで戦うのか。


そして――


誰を守るのか。


それを自分で決めることも、剣を握る者には必要なのだ。


アルジェナは剣を鞘に収めた。


「……もっと、ちゃんと考えられるようになろう」


夏の森を抜ける風が、銀色の髪を揺らした。


少女はまた一歩、前へ進んだ。

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