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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第十九話 守るための強さ

朝。


いつもの森に、剣を打ち合う音が響いていた。


「――遅い!」


ヴァルドの剣が、アルジェナの肩をかすめる。


「っ!」


アルジェナは慌てて後ろへ下がった。


「今の攻撃、見えていたか?」


「……見えてた」


「なら、なぜ避けられなかった?」


「……身体が追いつかなかった」


「そういうことだ」


ヴァルドは剣を下ろした。


「最近のお前は、魔物と戦うことには慣れてきた」


「うん」


「だが、それだけでは足りない」


アルジェナは首を傾げる。


「足りない?」


「ああ」


ヴァルドは森の奥を指差した。


「今日から、少し訓練を変える」


「どうするの?」


「人を守りながら戦う」


「……人を?」


「ああ」


ヴァルドは近くに置いてあった荷物を持ち上げた。


「魔物と戦う時、いつも一人で戦えるとは限らない」


「誰かが近くにいることもある」


「怪我をした人を守らなければならないこともある」


「逃げる人の時間を稼ぐこともある」


アルジェナは真剣な顔で聞いていた。


「魔物を倒せば、それで終わり……じゃないんだね」


「そういうことだ」


ヴァルドは頷いた。


「守る相手がいるなら、その相手を傷つけさせないことが最優先だ」


「分かった」


「なら、やってみろ」


ヴァルドが少し離れた場所に木製の人形を置く。


「これは守る相手だと思え」


「……人形を?」


「ああ」


「魔物は俺がやる」


ヴァルドが剣を構えた。


「お前は、その人形を守れ」


「私がヴァルドさんから?」


「そうだ」


「……本気?」


「もちろんだ」


アルジェナが息を呑む。


次の瞬間――


ヴァルドが踏み込んだ。


アルジェナも剣を構える。


「っ!」


ヴァルドの剣を受ける。


一撃。


二撃。


三撃。


アルジェナは必死に防ぐ。


だが、ヴァルドの動きは速い。


少しでも後ろへ下がれば、人形との距離が縮まる。


逆に前へ出れば、ヴァルドの攻撃を受けることになる。


「どうした!」


「くっ……!」


アルジェナは歯を食いしばる。


攻撃するだけなら、もっと動ける。


でも今は違う。


後ろには守る相手がいる。


「……これ、難しい!」


「当然だ」


ヴァルドの剣が迫る。


アルジェナは身体を滑り込ませ、攻撃を受け流した。


そのままヴァルドとの距離を取る。


「……守るって、こんなに難しいんだ」


「そうだ」


ヴァルドは剣を下ろした。


「自分だけを守るなら、自分が逃げればいい」


「だが、誰かを守るなら、自分が盾になることも必要になる」


アルジェナは人形を見る。


「……私が強くならないと」


「ああ」


「もっと強くなって、守れるようにならないと」


ヴァルドは静かに頷いた。



その日の訓練は、夕方まで続いた。


何度も失敗した。


守る相手から離れすぎる。


攻撃を受けて後退しすぎる。


自分が攻撃することに集中して、人形への意識が薄れる。


それでもアルジェナは、何度も立ち上がった。



夕方。


木の下で休みながら、アルジェナは自分の剣を見つめていた。


「ヴァルドさん」


「なんだ?」


「ヴァルドさんは、どうしてそんなに人を守ろうとするの?」


ヴァルドは少し黙った。


「……昔、守れなかった人がいるからだ」


「……」


アルジェナは、それ以上聞かなかった。


ヴァルドの表情を見れば、それ以上聞いてはいけないことくらい分かった。


しばらくして、アルジェナが口を開く。


「じゃあ……」


「ん?」


「私がもっと強くなったら」


アルジェナはヴァルドを見る。


「ヴァルドさんも、私が守ってあげる」


ヴァルドは少し驚いた顔をした。


「……俺を?」


「うん」


アルジェナは真剣だった。


「だって、ヴァルドさんも人だから」


「……そうだな」


ヴァルドは小さく笑った。


「いつか、そうしてくれ」


「うん!」


アルジェナは笑った。


「約束ね」


「ああ」


夕暮れの森に、二人の声が響いた。


アルジェナはまだ知らない。


その約束が、いつか自分自身の胸に、深く刻まれることを。

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