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神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
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第十八話 自分の剣

王都セレスティアを離れてから、数日。


アルジェナとヴァルドは、いつもの森へと戻ってきていた。


行きとは違い、帰り道のアルジェナはほとんど口を開かなかった。


聖剣にも選ばれなかった。


擬聖剣にも選ばれなかった。


頭では受け入れたつもりだった。


けれど、心の奥にはまだ、悔しさが残っている。


「……アルジェナ」


前を歩いていたヴァルドが、振り返る。


「なに?」


「無理に元気になる必要はないぞ」


「……分かってる」


アルジェナは少しだけ俯いた。


「……やっぱり、悔しいよ」


「そうか」


「私、勇者になりたかったから」


「……ああ」


ヴァルドは、それ以上何も言わなかった。


悔しいという気持ちまで、無理に捨てる必要はない。


それでもアルジェナは、剣を握る手だけは離さなかった。



森の中を進んでいると、遠くから人の声が聞こえてきた。


「助けてくれ!」


「魔物だ!」


ヴァルドの足が止まる。


「アルジェナ」


「うん」


二人は声のした方へ走った。


森を抜けた先に、小さな荷車が倒れていた。


その周囲を、一匹の魔物がうろついている。


全長は二メートルほど。


四本の足で地面を踏みしめ、灰褐色の毛に覆われた身体は、大きな犬にも似ていた。


だが、その頭部には鋭い角が一本生えている。


口から覗く牙は太く、前足には獲物を引き裂くための鋭い爪が並んでいた。


赤い瞳が、倒れた荷車のそばにいる二人を睨みつけている。


第五級。


以前、アルジェナが一人で倒した魔物と同じ危険度だった。


荷車の側には、旅人らしき男と、その娘と思われる少女がいた。


どうやら街道を使わず、森を抜ける近道を選んだらしい。


男は倒れた荷車を起こそうとしているが、魔物を前にして思うように動けない。


少女は父親の服を強く握りしめていた。


「お父さん……怖い……」


「大丈夫だ。私がついている」


そう言いながらも、男の声は震えていた。


魔物が二人へ向かって歩き出す。


「ヴァルドさん!」


「分かっている」


ヴァルドが剣に手をかける。


だが、アルジェナが一歩前へ出た。


「私がやる」


ヴァルドはアルジェナを見る。


「……できるか?」


「うん」


「なら、倒すことだけを考えるな」


「え?」


「まず、あの二人を守れ」


アルジェナは頷いた。


魔物が地面を蹴る。


アルジェナも走った。


魔物の爪が振り下ろされる。


アルジェナは横へ飛び、攻撃をかわす。


そのまま魔物の横を抜け、倒れた荷車と旅人たちの間に立った。


「こっちだ!」


魔物がアルジェナへ向きを変える。


「お父さん……!」


「走れ!」


ヴァルドが二人のもとへ駆け寄る。


「こちらへ!」


「は、はい!」


男が娘の手を引く。


だが、少女は足をもつれさせ、その場に転んでしまった。


「お父さん……!」


魔物がアルジェナの横をすり抜けようとする。


「させない!」


アルジェナが剣を振る。


魔物の進路が逸れた。


「早く!」


「すまない!」


男は娘を抱き上げ、ヴァルドと共に森の外へ走る。


少女は父親の腕の中から、何度もアルジェナを振り返っていた。


「お姉ちゃん……!」


アルジェナは一瞬だけ少女を見る。


「大丈夫!」


そして、魔物へ向き直った。


「絶対に、行かせない!」


アルジェナは剣を構えた。



魔物が低く唸る。


地面を蹴り、再びアルジェナへ飛びかかってきた。


アルジェナは身体を横へ滑らせる。


振り下ろされた爪が地面をえぐった。


「速い……!」


すぐさま振り返る魔物。


その動きを見て、アルジェナは一歩下がる。


父から教わった剣の基礎。


ヴァルドから教わった実戦の剣。


相手の動きを見て、次の攻撃を予測する。


魔物が再び飛びかかる。


アルジェナは紙一重でかわし、横へ回り込んだ。


「そこ!」


剣が魔物の身体を捉える。


魔物が地面へ転がった。


それでも立ち上がろうとする。


アルジェナは息を整え、剣を構え直した。


そして――


もう一度、踏み込む。


「これで……!」


アルジェナの剣が魔物を捉えた。


魔物が地面へ倒れる。


今度は、動かなかった。


アルジェナは荒い息を吐きながら、剣を下ろした。


「……終わった」


「よくやった」


ヴァルドが近づいてくる。



魔物が倒されたことを確認すると、親子は森の外から戻ってきた。


「本当に……ありがとうございました」


父親は深く頭を下げた。


一度頭を上げても、また深く下げる。


「何度お礼を言っても足りません」


「そんな……」


アルジェナが戸惑う。


少女も父親の隣で、ぺこりと頭を下げた。


「お姉ちゃん、ありがとう」


「うん。もう大丈夫だよ」


「はい……!」


少女は少し安心したように笑った。


男はもう一度、深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


「気をつけてね」


「はい!」


親子は何度も何度も頭を下げると、街道へ向かって走り出した。


少女は父親に手を引かれながら、それでも何度も振り返る。


「お姉ちゃん、ばいばーい!」


「うん! 気をつけて!」


アルジェナも手を振り返した。


親子の姿が街道の向こうへ消えるまで、アルジェナはその場から動かなかった。


やがて二人の姿が見えなくなる。


アルジェナは小さく息を吐いた。


「……よかった」


「アルジェナ」


ヴァルドが声をかける。


「お前は今、何を考えて戦っていた?」


「……え?」


「魔物を倒すことか?」


アルジェナは少し考えた。


そして、首を横に振った。


「……違う」


「なら、何だ?」


「この人たちを守ること」


ヴァルドは静かに頷いた。


「そうだ」


「でも……魔物を倒さなきゃ、守れないよ」


「そうだな」


ヴァルドは倒れた魔物を見る。


「だから剣を振る」


「……うん」


「だが、剣を振ることそのものが目的になれば、いつか間違える」


アルジェナは黙って聞いていた。


「お前は今日、それを忘れなかった」


「……私、少しは強くなったかな」


「ああ」


ヴァルドは迷わず答えた。


「強くなった」


アルジェナは少しだけ笑った。


「……聖剣には、選ばれなかったけどね」


「それとこれとは関係ない」


「え?」


「俺がお前を強くなったと言ったのは、聖剣に選ばれたからじゃない」


ヴァルドは、アルジェナの持つ剣を見る。


「その剣で、誰かを守ったからだ」


アルジェナは、自分の剣を見つめた。


聖剣ではない。


擬聖剣でもない。


特別な力もない。


それでも――


この剣で、誰かを守ることができた。



「……私」


声が震えた。


「私……ちゃんと、守れたのかな」


「ああ」


「……本当に?」


「ああ。本当にだ」


その言葉を聞いた瞬間だった。


アルジェナの目から、涙がこぼれた。


「……っ」


慌てて袖で拭う。


けれど、止まらなかった。


「……ごめん」


「何を謝っている」


「だって……私……」


言葉が続かない。


ずっと我慢していた。


聖剣に選ばれなかったこと。


勇者になれなかったこと。


父との約束。


故郷を失ったこと。


それでも強くならなければと思っていた。


泣いている暇なんてないと思っていた。


けれど――


「……私、頑張ったよね……?」


ヴァルドは、静かに頷いた。


「ああ」


「……頑張ったよね……」


「ああ。よく頑張った」


その言葉で、アルジェナの涙が止まらなくなった。


「……うぅ……っ」


アルジェナは顔を伏せた。


声を押し殺そうとしても、涙は止まらなかった。


ヴァルドは何も言わなかった。


ただ、泣き終わるまで隣にいた。



しばらくして、アルジェナは涙を拭った。


「……ごめんなさい」


「だから、謝るな」


「……うん」


アルジェナは赤くなった目で、自分の剣を見る。


そして、もう一度だけ強く握った。


「……もっと強くなる」


「……ああ」


「いつか、ヴァルドさんがいなくても」


アルジェナは前を向いた。


「私一人で、誰かを守れるようになる」


ヴァルドは、その言葉を聞いて――


ほんの少しだけ、寂しそうに笑った。


「……そうか」


夕暮れの森に、二人の影が伸びていた。


その日、アルジェナは初めて知った。


聖剣に選ばれなくても。


擬聖剣に選ばれなくても。


自分の剣で、誰かを守ることはできる。


そして――


そのためには、まだまだ強くならなければならない。


アルジェナは、ヴァルドと並んで歩きながら、自分の剣を握りしめていた。

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