↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に選ばれなかった勇者と神の真似事をする悪魔  作者: 粉末六茶
第一章 勇者を夢見た少女
18/73

第十七話 悪魔

聖剣選別を終えた翌朝。


アルジェナとヴァルドは、王都を出る準備をしていた。


聖剣にも選ばれなかった。


擬聖剣にも選ばれなかった。


けれど、アルジェナはもう前を向いていた。


「忘れ物はないか?」


「うん。大丈夫」


荷物をまとめ、二人は宿を出た。


王都の大通りには、朝から多くの人が行き交っている。


商人。


旅人。


騎士。


そして、地方へ向かう馬車。


二人が城門へ向かって歩いていると、近くにいた旅人たちの会話が耳に入った。


「……北の村で、悪魔を見たらしいぞ」


「悪魔?」


「ああ。人間に力を与えて、契約を持ちかけたって話だ」


「関わらないほうがいいな」


「ああ。悪魔なんて、ろくなものじゃない」


アルジェナは足を止めた。


「……ヴァルドさん」


「なんだ?」


「悪魔って……本当にいるの?」


ヴァルドの足が止まった。


少しの沈黙。


やがて、ヴァルドはアルジェナを見る。


「……いる」


その声は、いつもより低かった。


「見たことあるの?」


「ああ」


アルジェナは目を見開いた。


「俺は一度だけ、戦ったことがある」


「悪魔と?」


「そうだ」


ヴァルドは城門の外へ視線を向けた。


「……あれは、俺がまだ聖騎士だった頃だ」


数年前。


ヴァルドがまだ王都の聖騎士団に所属していた頃。


ある村で、人間に力を与えている存在が確認された。


最初は、ただの噂だった。


しかし、調査に向かった騎士たちが見たものは――人間ではなかった。


黒い翼。


人間と同じ言葉を話す口。


そして、普通の人間では扱えないほどの力を持った魔剣。


「……あれが悪魔か」


若き日のヴァルドが剣を構える。


隣には、擬聖剣を携えた聖騎士がいた。


そして、その後ろには一人の聖徒がいた。


「気をつけてください」


聖徒が声をかける。


「奴の力は、これまでの記録にあるものとは違います」


「ああ」


ヴァルドは剣を握り直した。


聖徒。


それは、聖女教会に所属する者の中でも、特別な力を授かった者たちのことだ。


神官よりも上の立場にあり、戦う力を持つ者もいれば、傷を癒す力を持つ者もいる。


そして、目の前にいる聖徒は――治癒の力を持っていた。


「準備はできています」


「頼む」


次の瞬間。


黒い影が迫った。


金属音が響く。


擬聖剣と魔剣がぶつかった。


「ぐっ……!」


擬聖剣を持った聖騎士が押し込まれる。


ヴァルドが横から斬り込む。


しかし、悪魔はそれをかわし、魔剣を振るった。


「――っ!」


ヴァルドは間一髪で受け止めた。


腕に衝撃が走る。


「なんて……重さだ……!」


その一撃だけで、身体が痺れる。


それでもヴァルドは剣を離さなかった。


「今です!」


聖徒が叫ぶ。


ヴァルドが身を引いた瞬間、擬聖剣の騎士が斬り込む。


しかし――。


魔剣が、それを受け止めた。


次の瞬間。


黒い刃が振り抜かれる。


「……!」


擬聖剣の騎士が倒れた。


「隊長!」


ヴァルドが駆け寄ろうとする。


だが、その前に魔剣が迫った。


ヴァルドは必死に受け止める。


その一撃で身体が吹き飛ばされ、地面を転がった。


「ヴァルドさん!」


聖徒が駆け寄る。


「動かないでください!」


「俺より……他の奴を……」


「無茶を言わないで!」


聖徒が治癒の力を使う。


しかし、その間にも戦場では騎士たちが次々と倒れていく。


聖徒はヴァルドの治療を続けながら、戦場を見つめた。


「……このままでは、全滅します」


ヴァルドは歯を食いしばった。


立ち上がろうとする。


だが、身体が言うことを聞かない。


「……勝てない」


その言葉を口にしたのは、ヴァルドだった。


誰も否定できなかった。


結局、その戦いで多くの命が失われた。


擬聖剣を持っていた聖騎士も、その一人だった。


そして――。


ヴァルドを治療していた聖徒も、命を落とした。


ヴァルドたちは、悪魔を倒すことができなかった。


仲間たちが時間を稼ぎ、その存在を退かせることだけが精一杯だった。


回想が終わる。


アルジェナは黙ってヴァルドを見つめていた。


「……そんなことが」


「ああ」


「その人たちは……」


「死んだ」


ヴァルドは静かに答えた。


「俺も重傷を負って、しばらく剣を握れなかった」


「……悪魔って、そんなに強いの?」


「ああ」


ヴァルドは迷いなく答えた。


「魔物とは違う」


「人間の言葉を話す」


「人間に力を与える」


「そして、その力と引き換えに契約を求める」


アルジェナは少し考えた。


「……聖徒って、そんなに強い人たちなんだ」


「強さだけで決まるものじゃない」


ヴァルドは答えた。


「人を救う力を持つ者もいる」


「俺が戦った時の聖徒も、最後まで仲間を助けようとしていた」


アルジェナは黙って頷いた。


ヴァルドは少しだけ目を伏せる。


そして、アルジェナを見る。


「アルジェナ」


「なに?」


「もし、悪魔と出会うことがあったら――関わるな」


その声は、いつも以上に真剣だった。


「力を与えると言われても」


「助けてやると言われても」


「絶対に手を出すな」


アルジェナはヴァルドの目を見つめた。


そこには、過去の戦いを思い出しているような、重いものがあった。


「……分かった」


アルジェナは頷いた。


ヴァルドも頷き返す。


「それでいい」


二人は再び歩き出した。


王都の門を抜ける。


広い街道が、遠くまで続いている。


アルジェナは一度だけ、王都を振り返った。


聖剣には選ばれなかった。


擬聖剣にも選ばれなかった。


それでも、自分の剣で人を守る。


その決意は変わっていない。


そして、この時のアルジェナはまだ知らなかった。


いつか自分自身が――。


ヴァルドから「関わるな」と言われた存在と出会うことになるなど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。