第十四話 聖剣選別
翌朝。
アルジェナは、いつもより早く目を覚ました。
今日は聖剣選別の日。
そう思うだけで、胸の奥が落ち着かなかった。
「……起きてるか?」
部屋の外からヴァルドの声がする。
「うん!」
アルジェナは返事をすると、身支度を整えた。
腰には、いつもの剣。
聖剣選別を受けるからといって、この剣を置いていくつもりはなかった。
父から受け継いだ剣。
そして、ヴァルドとともに振ってきた剣。
アルジェナにとって、この剣も大切なものだった。
「準備できたか」
「うん」
宿を出ると、朝の王都は昨日以上に人で溢れていた。
聖剣選別の日。
各地から集まった候補者たちが、王都の中心へ向かっている。
騎士の姿も多い。
中には、聖剣を目指して遠くからやってきた者もいるのだろう。
「……みんな、聖剣を目指してるんだ」
「そうだな」
ヴァルドは短く答えた。
やがて三人は、王都の中心部へと到着した。
そこには、巨大な建物がそびえ立っていた。
白い石で造られた、荘厳な建物。
高い塔。
巨大な扉。
そして正面には、剣を象った大きな紋章が刻まれている。
「……ここが」
アルジェナは建物を見上げた。
「聖剣殿だ」
ヴァルドが答える。
聖剣殿の前には、多くの人が集まっていた。
聖剣選別を受ける候補者。
それを見守る騎士。
聖剣教会の神官。
そして、各地から集まった関係者たち。
アルジェナは周囲を見渡した。
自分より年上の者が多い。
中には、すでに立派な装備を身につけている者もいる。
「……みんな強そう」
「見た目だけで判断するな」
「またそれ?」
アルジェナは苦笑した。
その時。
聖剣殿の巨大な扉が、ゆっくりと開いた。
重い音が響く。
「候補者は中へ」
聖剣教会の神官が告げる。
人々が静かに建物の中へ入っていく。
アルジェナもヴァルドとともに歩き出した。
中は、外から見た以上に広かった。
高い天井。
白い石の柱。
壁には、歴代の聖剣に関する記録が並んでいる。
そして――。
広間の最奥。
そこに、一振りの剣があった。
台座の上に立てられた一本の剣。
その剣は、鞘に収められている。
派手な装飾はない。
ただ静かに、そこに存在していた。
なのに――。
アルジェナは目を離せなかった。
「……あれが」
声が小さくなる。
「聖剣だ」
ヴァルドが答えた。
アルジェナは聖剣を見つめた。
これまで何度も話に聞いてきた。
人々を守るために存在する、唯一の剣。
そして、その剣に選ばれた者が――勇者になる。
「……これが、聖剣」
アルジェナは呟いた。
その姿を見ているだけで、胸が高鳴る。
自分も、あの剣に選ばれるのだろうか。
そんな期待が、どうしても湧いてくる。
「アルジェナ」
ヴァルドが呼ぶ。
「はい」
「忘れるな」
ヴァルドは静かに言った。
「選ばれることだけが、お前の目的じゃない」
アルジェナは頷いた。
「うん」
「人を守るために、ここまで来たんだろう?」
「うん」
アルジェナは自分の剣に触れた。
「……分かってる」
その時、広間に神官の声が響いた。
「これより、聖剣選別を開始する」
ざわめきが止まる。
候補者たちが一斉に聖剣を見る。
「聖剣は、自らが認めた者だけが、その力を引き出すことができる」
「選ばれていない者が、どれほど力を込めようとも――その剣を鞘から抜くことはできません」
アルジェナは聖剣を見つめた。
つまり。
聖剣を抜けるかどうか。
それが、選ばれた者の証。
「呼ばれた者は、一人ずつ聖剣の前へ進みなさい」
最初の候補者の名が呼ばれた。
「――前へ」
一人の青年が歩き出す。
広間中の視線が集まる。
青年が聖剣の前に立った。
ゆっくりと柄を握る。
そして――。
力を込める。
しかし。
聖剣は、鞘から抜けなかった。
青年は何度か試した。
それでも、聖剣は微動だにしない。
「……ありがとうございました」
神官に促され、青年は静かにその場を離れた。
続いて、二人目。
三人目。
一人、また一人と候補者が聖剣の前へ進んでいく。
だが、誰も聖剣を抜くことはできなかった。
アルジェナは、その様子をじっと見つめていた。
そして――。
「次」
神官が名簿を見る。
「アルジェナ」
その名前が、広間に響いた。
アルジェナの心臓が、大きく跳ねた。
「……私」
ヴァルドが静かに頷く。
「行ってこい」
「……うん」
アルジェナは一歩、前へ踏み出した。
そして――。
聖剣へ向かって歩き始めた。
一歩。
また一歩。
やがて、アルジェナは聖剣の前に立った。
目の前にあるのは、世界でただ一本の聖剣。
アルジェナはゆっくりと手を伸ばした。
そして――。
柄を握った。
「……」
冷たい感触が手に伝わる。
アルジェナは息を整えた。
そして、ゆっくりと力を込める。
――抜けない。
「……っ」
もう一度。
今度は両手で柄を握る。
それでも。
聖剣は、鞘から微動だにしなかった。
「……まだ」
アルジェナはさらに力を込める。
けれど――。
抜けない。
聖剣は、何事もなかったかのようにそこにあり続けていた。
アルジェナの手から、少しずつ力が抜けていく。
「……」
広間は静まり返っていた。
アルジェナは、聖剣を見つめた。
そして――。
ゆっくりと、自分の手を離した。




