第十三話 聖剣の都
王都セレスティアへ到着した翌朝。
アルジェナは宿の窓から、街の景色を眺めていた。
昨日は王都に入っただけで精一杯だった。
だが、一晩過ごして少し落ち着いてみると、改めてこの街の大きさが分かる。
朝だというのに、大通りにはすでに多くの人が行き交っていた。
商人が店を開き、馬車が石畳の道を走っている。
パンを焼く香りが漂い、店先では朝食を買う人々の姿も見える。
村で暮らしていた頃には、想像したこともない光景だった。
「起きたか」
背後からヴァルドの声がした。
「うん」
「今日は少し王都を見て回るぞ」
「いいの?」
「明日から聖剣選別に関わる予定が続く。今日くらいは街を見ておけ」
「やった!」
アルジェナは嬉しそうに笑った。
二人は宿を出て、大通りへ向かった。
昨日よりも明るい王都は、さらに多くの人で賑わっていた。
店には武器、防具、旅道具、食料など、様々な商品が並んでいる。
「すごい……」
アルジェナは店先に並んだ剣を見つめた。
「こんなに剣があるんだ」
「王都だからな。騎士や冒険者も多い」
「私の剣より強そう」
「見た目だけで判断するな」
「……ヴァルドさん、それよく言うよね」
「何度言っても損はない」
アルジェナは苦笑した。
そのまま大通りを歩いていると、向こうから数人の騎士が歩いてきた。
先頭に立っていたのは、一人の若い騎士だった。
赤い髪を短く整え、真面目そうな顔立ちをしている。
白を基調とした騎士服を身につけ、背筋を伸ばして歩いていた。
その後ろには、三人ほどの騎士が続いている。
どうやら王都の巡回をしているらしい。
先頭の騎士の腰には、一振りの剣が差されていた。
その剣だけが、周囲の騎士たちが持つものとは明らかに違っていた。
アルジェナは思わず、その剣へ目を向けた。
「……あれ」
ヴァルドも騎士たちに気づく。
そして――足を止めた。
先頭の騎士もこちらに気づいた。
「……ヴァルドさん?」
驚いたように目を見開く。
「やっぱり、ヴァルドさんだ!」
騎士は部下たちへ振り返った。
「お前たちは少し待っていてくれ」
「はい、ローディン隊長」
部下たちはその場で立ち止まる。
ローディンだけが二人のもとへ歩いてきた。
「お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだな」
「まさか王都で会えるとは思いませんでした」
ローディンは懐かしそうに笑った。
「俺もだ」
「お元気そうで何よりです」
「お前も立派になったな」
「ありがとうございます」
ローディンはそう言ってから、アルジェナを見る。
「そちらの子は?」
「俺の弟子だ」
「弟子……」
ローディンは少し驚いたようにアルジェナを見る。
「じゃあ、妹弟子ってことか」
「……妹弟子?」
アルジェナが首を傾げる。
「俺も昔、ヴァルドさんに剣を教えてもらっていたんだ」
ローディンは穏やかに笑った。
「初めまして、アルジェナさん。俺はローディン。昔はヴァルドさんの弟子だった」
「アルジェナです。よろしくお願いします、ローディンさん」
「ああ。こちらこそ」
アルジェナの視線が、再びローディンの腰へ向いた。
「……その剣」
「気づいたか」
ローディンが腰の剣へ手を添える。
ヴァルドも、その剣をじっと見つめていた。
「それは……」
「擬聖剣です」
ローディンが答える。
ヴァルドの表情が変わった。
「……お前が?」
「はい」
「いつだ?」
「ヴァルドさんが聖騎士を辞めて、王都を去った後です」
ヴァルドは黙った。
「……そうだったのか」
「はい。俺自身も、選ばれるとは思っていませんでした」
ローディンは剣を見下ろした。
「選ばれた時は、俺も驚きました」
「俺は知らなかった」
「俺も、知らせる手段がありませんでしたから」
ローディンは少し苦笑する。
「ヴァルドさんがどこで暮らしているのかも、しばらく分かりませんでした」
「そうか」
ヴァルドは擬聖剣を見つめた。
そして、ローディンの姿を見る。
かつて自分のもとで剣を学んでいた少年は、今では立派な騎士になっていた。
「……強くなったな」
ヴァルドが呟く。
ローディンは少し照れたように笑った。
「ヴァルドさんに教えてもらったことを、ずっと続けてきましたから」
「そうか」
短い言葉だった。
だが、その声にはどこか嬉しそうな響きがあった。
アルジェナは二人を見ていた。
自分の知らないヴァルドの過去。
そして、その弟子が今は一人前の聖騎士になっている。
「ローディンさんも、聖剣選別を受けたの?」
アルジェナが尋ねる。
「俺はもう選別を受けたよ」
ローディンは答える。
「その時は聖剣には選ばれなかった」
アルジェナは少し驚いた。
「でも、今は擬聖剣を?」
「そういうことだ」
ローディンは笑った。
「剣に選ばれることが、すべてじゃない。俺もヴァルドさんから、そう教わった」
ヴァルドが横から口を挟む。
「俺はそんなに立派なことを言った覚えはないぞ」
「言ってましたよ」
「覚えてないな」
「俺は覚えています」
ローディンは笑った。
アルジェナも思わず笑う。
その時、後ろで待っていた部下の一人が声をかけた。
「ローディン隊長、そろそろ巡回に戻ったほうが」
「ああ、分かっている」
ローディンは振り返り、それからアルジェナを見る。
「アルジェナさん」
「はい?」
「明日は聖剣殿ですよね」
「うん」
「なら――」
ローディンはアルジェナの目を真っ直ぐ見た。
「妹弟子、頑張れよ」
アルジェナは少し驚いた。
それから、しっかりと頷く。
「うん!」
「自分の剣を信じてください」
「……自分の剣を?」
「ああ」
ローディンはアルジェナの腰にある剣を見る。
「聖剣に選ばれるかどうかは、俺にも分かりません」
「でも――」
「どんな結果になっても、今まで振ってきた剣まで消えるわけじゃない」
アルジェナは自分の剣を見た。
父から教わった剣。
そしてヴァルドから教わった剣。
これまで何度も握ってきた、自分の剣。
「……うん」
アルジェナは強く頷いた。
「ありがとう、ローディンさん」
「どういたしまして」
ローディンは笑った。
「じゃあ、また明日。聖剣殿で会いましょう」
「ああ」
ヴァルドが答える。
ローディンは二人に一礼すると、部下たちのもとへ戻った。
「巡回を続けるぞ」
「はい!」
ローディンたちは再び歩き始めた。
アルジェナは、その背中を見送った。
「……ヴァルドさん」
「なんだ?」
「ローディンさん、すごく強そうだったね」
「強くなったさ」
「昔は弱かったの?」
「今のお前より、ずっと弱かった」
「えっ?」
アルジェナが驚く。
ヴァルドは少しだけ笑った。
「剣を振っては転んでいた」
「ふふっ」
アルジェナは笑った。
ヴァルドも、ほんの少しだけ笑っていた。
その表情を見て、アルジェナは思った。
自分が知らないヴァルドにも、こうして共に剣を学んだ人がいたのだ。
そして今、その弟子は自分の剣を手に、一人の聖騎士として歩いている。
アルジェナは、自分の剣の柄を握り直した。
「……私も頑張らないと」
「ああ」
二人は再び、王都の大通りを歩き始めた。
夕方。
宿へ戻る頃には、王都の空が赤く染まっていた。
遠くには王城が見える。
そして、その先に聖剣殿がある。
明日。
いよいよ、聖剣選別が始まる。
アルジェナは宿の窓から王都を眺めた。
少しだけ緊張する。
それでも――。
「……逃げない」
アルジェナは小さく呟いた。
三年前、何もできなかった少女は、もういない。
今の自分には、剣がある。
守りたいと思えるものがある。
そして――明日。
その剣が、自分を選ぶのか。
確かめる時が来る。




