第十一話 選ばれる剣
聖剣選別の話を聞いてから、数日が過ぎた。
アルジェナは、あの日からずっとそのことを考えていた。
聖剣に選ばれた者が勇者になる。
それなら、自分も聖剣に選ばれれば――。
「ヴァルドさん」
「なんだ?」
「聖剣って……そんなに強いの?」
朝の鍛錬を終えたアルジェナが、ヴァルドに尋ねた。
ヴァルドは少し考えてから答えた。
「強い」
「やっぱり?」
「ああ。だが、単純に強い剣というだけではない」
「……どういうこと?」
ヴァルドは木剣を置いた。
「魔物を倒すだけなら、聖剣など必要ない」
アルジェナは目を丸くした。
「え?」
「第五級程度の魔物なら、普通の剣でも倒せる」
「私も……倒したよね」
「ああ」
「じゃあ、どうして勇者が必要なの?」
ヴァルドは少し離れた森へ目を向けた。
「すべての魔物が、第五級程度ならな」
「……」
「魔物は強くなればなるほど、普通の武器では倒しにくくなる」
「倒せないの?」
「傷を負わせることはできる」
「なら、戦えるんじゃ……」
「追い払うことはできるだろう」
ヴァルドは静かに続けた。
「だが、倒しきれない」
「……」
「傷が癒えれば、また戻ってくる」
「また……?」
「ああ」
「人里を襲った魔物を追い払っても、それだけでは終わらない」
「何度でも戻ってくる可能性がある」
アルジェナは黙り込んだ。
故郷を襲った魔物の姿が、脳裏に浮かぶ。
もし、あの魔物が生き残っていたら。
もし、どこかで傷を癒して、また別の村を襲っていたら。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
ヴァルドはアルジェナを見る。
「完全に倒す」
「それができるのが……聖剣?」
「ああ」
「聖剣なら、強い魔物も倒せるの?」
「すべてとは言わん。だが、普通の武器ではどうにもならない魔物を倒すために、聖剣は存在する」
アルジェナは拳を握った。
「……それなら」
「ん?」
「私には、聖剣が必要だ」
ヴァルドは黙ってアルジェナを見る。
アルジェナはまっすぐに前を向いていた。
「私は、魔物を倒したいだけじゃない」
「……」
「もう、私みたいな人を増やしたくない」
「……ああ」
「だから、強い魔物が現れたら……ちゃんと倒せるようになりたい」
ヴァルドは静かに頷いた。
「それがお前の理由か」
「うん」
「なら、覚えておけ」
ヴァルドは剣を拾い上げた。
「聖剣は、ただ強い剣ではない」
「……?」
「世界に存在する、唯一の特別な剣だ」
「そして、それを持つ者は――勇者と呼ばれる」
アルジェナの目が輝いた。
「勇者……」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった憧れが、はっきりとした目標へ変わっていく。
「でもな」
ヴァルドが続けた。
「聖剣だけが、特別な剣というわけじゃない」
「え?」
「人間は、聖剣を模倣しようとした」
「……人間が?」
「ああ」
「そして生まれたのが――擬聖剣だ」
アルジェナは驚いた。
「擬聖剣……」
「聖剣そのものではない」
「だが、普通の剣とは比べものにならない力を持つ」
「そして、それもまた――人を選ぶ」
「剣が……人を?」
「ああ」
ヴァルドは頷いた。
「誰でも扱えるわけではない」
「擬聖剣に選ばれた者は、聖騎士として戦うこともある」
「世界には、擬聖剣が十二振り存在する」
「十二振り……」
「そのうち、現在使われているのは七振りだ」
「残りの五振りは?」
「聖剣選別のために保管されている」
アルジェナは少し考えた。
「じゃあ……聖剣に選ばれなかった人が、擬聖剣に選ばれることもあるの?」
「ああ」
「その人はどうなるの?」
「そのまま擬聖剣を使い続ける」
「聖剣に選ばれなくても?」
「選ばれなかったからといって、戦う力まで失うわけではない」
ヴァルドはそう言って、自分の手を見つめた。
「俺も昔、擬聖剣に選ばれた」
「……ヴァルドさんも?」
「ああ」
「じゃあ、聖剣には……?」
「選ばれなかった」
アルジェナは何も言わなかった。
「それでも俺は戦った」
「擬聖剣を持って、魔物と戦った」
「人を守ることもできた」
「だから――」
ヴァルドはアルジェナを見る。
「聖剣に選ばれることだけが、人を守る方法ではない」
アルジェナは黙って聞いていた。
それでも、胸の中にある思いは変わらなかった。
「……それでも、私は受けたい」
「聖剣選別をか?」
「うん」
「なぜだ?」
アルジェナは迷わず答えた。
「人を守るために、できることを増やしたいから」
ヴァルドはしばらくアルジェナを見つめた。
やがて、小さく頷く。
「……分かった」
「じゃあ――」
「だが、結果がどうであろうと」
ヴァルドはアルジェナの剣を指差した。
「その剣を捨てるな」
「……うん」
「聖剣に選ばれなくても」
「擬聖剣に選ばれなくても」
「お前には、お前の剣がある」
アルジェナは自分の剣を握り直した。
「……分かった」
聖剣。
擬聖剣。
人を選ぶ二つの剣。
そのどちらが自分を選ぶのか。
アルジェナはまだ知らなかった。
ただ――
彼女は初めて、自分の目指す場所をはっきりと見つけた。
聖剣に選ばれること。
そして――
いつか、人を守れる勇者になることを。




