二章 焼いてしまうから
「なあ朱雀っ! おれのこと抱きしめてみてくれよっ!」
険しい岩場の、最も高い場所。
朱雀は青龍を見下ろしていた。
両手を広げてウェルカムする青龍に対して、紅玉の瞳は冷ややかな視線を向けるだけだ。心を動かされた様子など、欠片もない。
「ねえ~なあ~ってば~~」
「うるさい。バカはあっちに行ってろ」
どこまでもクールな朱雀と対照的に、青龍はどこまでもポジティブだった。
黒に近い深い青の髪を指先で弄りながら、生命力に満ちた青の瞳で、恋人の熱をいとも容易く受け流してしまう。
その余裕が、朱雀には憎らしくもあった。
「だってさ、朱雀の熱、すっごく気持ちいいんだぜ? ちょっと焦げてもいいから、もっとぎゅーってしてほしいんだって!」
青龍は自分の胸をぽんぽんと叩いて、悪戯っぽく長い尻尾を揺らした。
「この焦げた跡、朱雀からのキスマークみたいで好きなんだよな」
「……っ」
朱雀の頬が、一瞬だけ赤くなった。
いや、違う。
それは炎の色ではない。
恥ずかしさでも怒りでもない。
もっと深い——痛みに近い色だった。
「……死にたいのか?」
愛の言葉でも拒絶の叫びでもなく、純然たる事実を確認するような声が漏れた。
低く、熱を帯びた声だった。
橙と金が混じった毛先から、パチパチと火花が爆ぜていく。
朱雀にとって感情の昂ぶりは、そのまま火力の増幅を意味する。
青龍が屈託のない笑顔で距離を詰めれば詰めるほど、内に渦巻く「愛おしさ」は——皮肉にも青龍を灰に変えかねない劫火へと姿を変えていく。
「何言ってんだ? 死なねーよ。おれの再生力、知ってるだろ?」
「そういう問題じゃない」
朱雀は吐き捨てるように言って、視線を逸らした。
「……ほんとバカじゃないのか」
『燃やし尽くせ』
と、エネルギーが命じる。
触れ合えば、どちらかが消えるまで止まらないと言いたげに。
この相剋の呪縛を、青龍はまるで遊びのように楽しんでいる。
朱雀には、理解できなかった。
「……一歩でも近づいたら、今度は鱗数枚じゃ済まさないからな」
「お~っ、手厳しいっ! でも、朱雀の羽根が熱を出してるの見ると、生きてるって実感が湧くんだよな~」
朱雀は指先を強く握りしめた。
小さな火花たちが、パチリと音を立てて空気の層を歪め——消えていく。
近づけば焼いてしまう。
その残酷な理を一番呪っているのは、焼かれる青龍ではなく、焼いてしまう朱雀自身なのだ。
目の前の能天気な龍は、それを知っているのだろうか。
「本当に、相性が最悪だ。お前も、この庭も」
そう呟く朱雀の瞳の奥で、決して消えることのない恋情の炎が——ゆらりと揺れた。




