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一章 鱗ひとひら

 白虎が青龍の鱗を拾うのは、これで二十八回目だった。

 翡翠色の苔むした岩肌の上で、きらりと光る一片。

 手のひらに乗せれば、ひんやりと冷たい。

 端が、わずかに炭化している。

 焼かれたものだ。

「……はあ」

 白虎のため息が、奇妙な空気に溶けていく。

 ここは相剋の庭。

 北には氷雪の峰が、南には灼熱の砂漠が広がり、秋色の草原と燃え立つ紅葉が何の脈絡もなく並び立つ。春の木漏れ日と夏の驟雨が同時に降り注ぎ、空の縁は紙の白へと溶けていく。

 混沌と調和が混じり合う、神域の名にふさわしい場所だ。

 だがここは、世界そのものではない。

 一巻の絵巻に描かれた神域の写し。山も川も炎も風も、描かれた理に従って在るだけの箱庭。四神たちは膨大なエネルギーを制御するために人の形と心を与えられ、この庭で暮らしている。

 穏やかに――とは、とても言えないが。

「あいつらも飽きないもんだなぁ」

 鱗を懐にしまいながら、白虎は独りごちた。

 炎を司る朱雀と、木を司る青龍。

 相性が良すぎるのも考えものだと、白虎は他人事ながら思ってしまう。

 朱雀の炎に焼かれた青龍の肌には、すぐに新しい皮膚が芽吹く。その上には口付けたように赤い花弁の痣が咲く。

 青龍はそれを「朱雀の愛の印」と笑うが、傍から見れば痛々しい傷跡でしかない。

「いい加減、学習すればいいものを……」

「白虎ちゃん、鱗拾ったの?」

 背後から涼やかな声が降ってくる。

 玄武だ。

 肩ほどまで伸びた艶やかな黒髪に、色白の肌と翡翠の瞳。

 白虎よりも頭一つ分ほど小さなその姿は可憐な少女そのものだが、青龍と朱雀の相剋を誰よりも愉しんでいるのは他でもない彼女だった。

 四神の中で唯一、人の世と繋がれる存在。

 玄武が齎す知識は様々だ。「恋人」という言葉も、キスのやり方さえ、元は彼女から授かったものだった。

 玄武は微笑みを崩さないまま、白虎の懐にするりと手を差し入れた。

「おいっ」

「これちょうだい~。青龍ちゃんの鱗って焼くとおいしいんだよね~」

 気づけばもう、玄武の手に鱗が握りこまれていた。

「……好きにしろ。あたしのものじゃないからな」

「やった~! いただきま~す」

 笑いながら玄武が手を開く。

 その瞬間、影がゆらめき、鱗が一瞬にして消えた。

 動体視力の良い白虎でさえ、玄武のもう一つの姿を見たことがない。

 玄武曰く、とても恥ずかしがり屋さん、だそうだ。

「ねえ白虎ちゃん」

 不意に玄武が言った。

「水はね、すべてを映すの。美しいも、醜さも、残酷に、優しく」

 翡翠の瞳が、静かに輝く。

「ボクはその映ったものを、愛でていきたいんだ」

「……どうせまた何か企んでるだろ」

「え~? ソンナコトナイヨー。ただ面白いことが好きなだけだってば!」

 白虎はつくづく、この少女に目をつけられなくて良かったと思った。

「まあ、ほどほどにしとけよ」

「いえ~す」

 微笑みを崩さない玄武の背後の山奥から、陽炎が揺らめいた。

 まるで——朱雀の切ない吐息のようにも、見えた。

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