176、援軍
「戦場に楽器?」
瘴気渦巻く戦場には相応しくない澄み切った楽器の音が響いた。
ジャラン
「.…あぁ」
それは単なる音ではなく、人々の心を震わせる力が宿っていた。
「あれは…?」
不死の王が消え去った大地に新たな人影が現れる。
アンデッドなどではなく熱き血潮の通う、人だ。
その者はリュートのような弦楽器を抱えているのが見えた。
「あれは、フウ?」
「フウだと?」
「あの“両極”のかっ?」
彼女の名は冒険者の間では知れ渡っている伝説的な存在だ。
黒魔術師と吟遊詩人の両職を極めし者として。
そして、二つの性別の枠組みを越えた禁忌の存在として。
数少ないEXダンジョンに挑んだ英雄たちの生き残りであるが、姿や職業を変えてソロ活動をする吟遊詩人に人々は好奇の目を向けたのだ。
そんな彼女がこの戦場に現れた。
「なぜ…?」
テンゲイン・チルドレンたちには彼女が何故ここに来たのか分からない。
吟遊詩人は戦闘ではサポート役でしかなく、戦力外の存在として見られているのだ。
ジャララン
だが彼女の目には一切の迷いはなく、倒れている人々に止めを刺そうとしている骨魔人から視線を外さない。
「【自動演奏】」
彼女の魔技によりリュートがふわりと浮き上がる。
ジャララン
そしてひとりでに音を奏で始めた。
フウが奏でるあの繊細で情熱的な音だ。
「なんだあの魔技は?」
誰もが知らない魔技。
もちろん吟遊詩人のものでもない。
彼女はそのゆったりとした吟遊詩人のローブをパサリと地面に落とす。
そこには艶めかしい衣装を装備した、細身だが優美な姿を惜しげもなく露わにしたフウが立っていた。
「なんっ…?」
シャンッ
片足を踏み鳴らす。
足首や腰に付けられた鈴が鋭く響き、人々は息を呑んだ。
骨魔人も戸惑っているのか動きを止めている。
ジャラン シャンッ
リュートの音に合わせ、フウは踊り始めた。
ジャランシャンッ ジャランシャンッ
異国情緒のあるリュートの旋律は激しくリズムを刻み始め、それに合わせて蠱惑的な踊りは激しく盛り上がる。
白く瑞々しい肢体を妖しく揺らし、いつの間にか握られていた曲刀を煌めかせる。
曲刀を使った扇動的な舞は人々の目を耳を、そして心を捉えて離すことはできない。
全ての者が全てを忘れ、魅入られた。
男も女も情熱的な視線をフウに注ぐなか、彼女は歌うように魔技名を発する。
「【剣の舞】」
余りにも自然な流れの中で発動した魔技には誰も気づかない。
それよりも彼女の美しい声をもっと聴きたいとさえ思った。
不意に骨魔人たちの頭上に無数の曲刀が現れ、フウの舞に合わせて妖しく輝きながら踊り始めた。
まるで息のあった集団での舞を見るようで、うっとりと眺めてしまう。
ジャラララララララランッッッ!!
突然、掻き鳴らされるリュート。
その音を合図に宙で舞っていた無数の曲刀は一斉に急降下して次々と骨魔人に襲いかかった。
「なっ!?」
まるで燕のように軌道を鋭く変えて飛来する曲刀の動きは予測不可能で、あっという間に5体の骨魔人を切り刻んでしまった。
「つ、強ぇぇぇぇ!」
「なんちゅー魔技だ!?」
「てか、吟遊詩人にこんなことできたっけ?」
「両極!」「両極!」
城壁上の冒険者から喝采が上がる。
フウはそれには応えず、姿勢を糺して合掌した。
ジャラン…
また鳴り始めるリュート。
しかし先程の扇情的調べではなく、神秘的な響きだ。
フウは両手をゆっくりと開き、柏手をひとつ打つ。
パキィンッ
この場を支配する空気が変わった。
「ああ…
慈悲深き偉大なる女神様よ
我が頌歌と舞を捧げ奉ります
かの者たちは傷つき
疲れ果てております
どうか救いの御手を…」
ジャララン シャンッ
厳かで神聖な舞に合わせて紡がれる抑揚のきいた美しい声。
呪文の詠唱とは違うようだが、神聖な力を宿していると感じられた。
まるで女神の声を聴いているかのようだ。
儀式がかった緩やかな舞は規則性があるように思える。
「魔法陣…?」
上から見ていた冒険者は気付いた。
独特な歩法で大地に刻まれた幾何学模様に。
フウは再び合掌し、大地にひざまずく。
「【ナホシアイ】」
魔人に支配され瘴気を生み出す大地に、フウの刻んだ魔法陣を中心に清らかで慈愛に満ちた光が立ち上がった。
その光の聖域は倒れている軍人や冒険者たちを包み込む。
「うあぁぁ…」
「おぉ…なんと心地よい!」
「傷が塞がっていく…!」
「広域回復魔術か?」
「いや、白魔術とは違うぞ、これは」
「おい見ろ、骨の残骸が…」
全回復とはいかないが、瀕死状態を脱した者から順に立ち上がる。
まだ自分の身に起こったことが理解できていないような顔のまま。
フウの攻撃で切り刻まれた骨は光を浴びて浄化されていき、無害な白い砂となっていた。
「危ないところを助けて頂いた
心より感謝申し上げる
そなたは高名な冒険者、“両極”の吟遊詩人フウ殿か?」
皆を代表して師団長のシャオスが礼を言う。
目のやり場に困るような衣装のままフウはニコリと微笑む。
「礼には及ばないわ
魔物は全人類の敵だから討つのは当然
私は確かにフウだけど、もう吟遊詩人ではないわ
それにもう“両極”とは呼ばないで」
「む、そうであるか
それは失礼した」
シャオスは非礼を詫びる。
冒険者にとって職業や二つ名は自分の能力を表す重要なものであり、安易に訊いてはならないことを思いだした。
「謝罪は受け入れたわ
それよりも、この街に投神はいるの?」
「投神様?
おられるとも
街の中に留まっている民衆を救いに行かれた」
「そう、なら良かった」
「フウ殿は投神様に会いに来られたのか?」
「うん
彼に謝りたくて…」
「…投神先生とどういう関係ですか?」
投神の名が話題に上がっているのが聞こえたのか、ヒスイが割り込んできた。
「投神先生?」
「失礼、投神先生の御名が聞こえたので…」
「む、あれは?」
ヒスイとフウの視線が交差したと同時に遠くから何やら声が聞こえ、会話は中断される。
フウが現れたゲートダンジョンがある方角からの呼び声だ。
「フウさーーん!」
一つのパーティーがこっちに向かってくるのが見える。
「援軍か?」
「フウさん!早すぎですよ!」
「なんちゅー体力してんだよ…」
「…とうとう来てしまったわ、地獄に」
他の街からの強力な援軍かと思われたが、明らかに駆け出しの若い冒険者たちだ。
フウを走って追いかけてきたのか、みな荒い息をついている。
「ごめんごめん!
投神に早く会いたくて…」
「フウ殿、この者たちは?」
「彼らは“援軍”だよ」
「……それにしては、装備も、その、貧弱であるな」
実年齢も若そうであり、低級のアイテムを装備していることから、完全に新人である。
「申し遅れました
私たちは“光之竜”
私はパーティーリーダーの錬金術師リファです
お察しの通り、私たちはルーキーでごさいます」
姿勢を正し、リファが代表して挨拶をする。
「僕はリュウジュ!
僕は戦う!」
「お、おぅ」
純粋さの塊のようなリュウジュの真っ直ぐな戦意に、シャオスは少し目を見張った。
向こう見ずな若者の勢いだけではない、何かが彼には宿っている気がしたのだ。
「リュウジュのせいで、地獄にまた片足を突っ込んだわ…
こないだもダンジョンの深層に突っ込んで抜けなくなったばかりなのに…クククッ」
「前線どころか、魔人領になりつつある戦場だぜ!
うおぉぉ腕が鳴る!」
「はぁぁ、私は果たして生きて帰れますのでしょうか?」
さっきまでの絶体絶命の緊迫した空気を吹っ飛ばすような若者の賑やかな声に、シャオスは眩しいものを見るかのように目を細める。
「竜騎士のおねえさん!
僕も空が飛びたい!
どうしたら!竜騎士になれるんですか!」
「はあ?」
いきなりリュウジュが飛びつくようにヒスイに迫った。
まるで仔犬がじゃれつくようだ。
「すすすすすみません、うちの馬鹿リュウジュが!
この子は竜騎士にずっと憧れてて、それでパーティー名にも“竜”を入れたぐらいで…」
「は、はあ」
「お前たち、活きが良いな…」
「とにかく戦いは終わっていない
気を引き締めろ」
「え?フウさんの攻撃でやっつけたのでは?」
「いや、あいつらはそんな簡単には倒せん」
「ヒスイ先輩どのの言う通りだ
あの骨魔人どもは不死の王がいる限り、不滅のようなものだ」
「「……」」
「ほれ、別の場所に居た不死の王どもがこっちに来るぞ」
シャオスの言葉通り、他方面で城壁前にひしめき合っていた不死の王たちがゾロゾロと流れてくるのが見える。
「不死の王ってダンジョンボス級じゃない!
それが雑兵みたいに何であんなにいるのよ!」
お上品に振る舞っていたリファだが、気が動転したのか冒険者らしい口調でまくし立てる。
「大丈夫だ
確かに不死の王だが、あまり能動的に動かん
その代わりに、何と言うか骨魔人の“駒”として使われるようだ」
「駒、ですか…」
「敵は!倒す!」
「落ち着けって、リュウジュ!」
今にも飛び出して戦いに行きそうな勢いのリュウジュを止めるズィン。
「自分の実力に見合った戦いをするんだ!
投神のおっちゃんと潜ったダンジョンを思い出せよ!」
「ズィンの言う通りよ!
先輩方と歩調を合わせて戦わないと、勝てるものも勝てないわよ」
「…うん!そうだった!」
未だ灮闡能力も得ていない冒険者学校上がりの新人たちではあるが、ダンジョンの洗礼を経て精神的に大きく成長したのだ。
「なかなか良いパーティーらしいな
リュウジュ、お主は自分のパーティーを大事にするんだぞ
それがお主自身を助ける筈だ」
「うん!おっちゃん、ありがとう!」
「お、おっちゃん…」
一目でこの軍人たちのリーダーと察せられる人物に対して馴れ馴れしい態度のリュウジュの脛をリファが蹴り上げた。
非力過ぎて、1ダメージも入らなかったが。
「見ろ!
不死の王たちを贄にして、また骨魔人どもが戻ってくるぞ!」
乱雑に動いていた骨魔人はいつの間にか列を形成しており、自らの身体で魔法陣を出現させた。
魔法陣は紫の光のような瘴気を噴出させ、世界を禍々しい空気で侵していく。
オオォォおゥおオおォおおォオおおゥぅぉぉ…
怒声のような、悲痛な金切り声のような哀れな音を立てて骨が崩れていった。
魔法陣を形成した不死の王が全て白い砂と変わり果てると、せり上がってくる五つの影。
どういう仕組みかは不明であるが、そこには無傷の骨魔人たちが立っていた。
「また復活しやがったか…」
「やっぱりな」
「やるしかねぇな」「やるしかねぇ」
「景気づけにいっちょやってやる!」
テンゲイン・チルドレンの冒険者の一人が腰を落として太刀を構える。
フウに触発されたのか、大技を使う気だ。
「おぉ〜やれやれ!」
「ダイダォの得意技か〜」
「新人に格好良いとこ見せてやれ!」
お調子者の冒険者たちが囃し立てる。
ダイダォと呼ばれた侍がニヤリと笑う。
「驚けっ!【殺風陣】」
鞘から爆発するかのように抜かれた太刀は横一文字に振り抜かれる。
その斬撃は不可視の剣刃として飛び、5体の骨魔人に襲いかかった。
「きタナイのヨ」
双子の後衛が杖を翳して不死の王を集めて壁を作る。
侍の魔技は骨の壁に遮られたが、十数体の不死の王を破壊した。
「どうよ俺の妖刀の力は!」
物理攻撃無効の不死の王を破壊したところを見るに、彼の太刀には特別な力が宿っているのだろう。
「すげぇな、おっさん!」
「おっさんではない!」
ズィンの言葉に過剰に反応するダイダォ。
実際彼はまだ若く、実年齢は20代前半である。
「……【覚えたぞ】」
「なに?」
リュウジュは腰を落とし剣を構える。
先ほどの侍の魔技と同じように。
「【殺風陣】」
「なんだとっ!?」
リュウジュは剣を横一文字に振り抜いた。
侍ダイダォの放った魔技と全く同じように、斬撃が飛ぶ。
しかし規模や威力は弱く、不死の王の壁に当たって無力化された。
「…あれ?」
技の威力に納得がいかないのか、小首を傾げるリュウジュ。
「何故お前がその魔技を使えるんだっ?!」
ダイダォはリュウジュに詰め寄る。
「さっきのを見て!覚えた!」
「「「はああああ???」」」
高レベル侍にのみ使用可能な魔技を、まだ灮闡能力を得ていないような戦士であるリュウジュが使えたことに皆が驚く。
「そんなことなど、有り得ん!!」
自分の技を再現して見せられたダイダォは怒りと混乱に満ちた声で叫んだ。
その時、冒険者たちの背後から声が聞こえる。
「…見つけました」




