175、再生
「魔術を…投げたのか?」
クワンに促されて城壁下に降りたテンゲイン・チルドレンの男がヒスイの非常識な行動に驚く。
「そんなの…、良いのか?」
「“炎之槍”自体が飛んでいくもんなのに、わざわざ魔技で投げるって発想、出てこねーわ」
「とにかくすごいぜ!竜人族のねーちゃん!」
「あと、かわいい!」
「貴様らっ、ねーちゃんではない!
ヒスイ先輩どのと呼べっ!」
「敬え!」
ヒスイを助ける為に城壁から降りてきた冒険者や団員たちが騒ぐ。
「しかし“炎之槍”の威力じゃなかったぞ、ありゃ」
「ああ、おそらく魔術と魔技の複合技だ」
「お父さんお母さんみてぇだな…」
「あいつらが使ってるダルクなんちゃらは相当特殊な魔技なんだろう…」
「………」
冒険者の会話を聞く師団長シャオスはステータス内の魔技の欄、告死無想の詳細を開く。
【告死無想】
・投擲系、射撃系、放出系の攻撃に補正(小〜大)
・HP減少に比例して補正が上昇
・魔技使用回数が尽きても、HPを削って発動可能
既知の魔技にはない、魔技使用回数を無視する能力に注目してしまっていたが、この魔技の効果が乗る対象に違和感があった。
「投擲系、射撃系…、放出系?」
投擲系と射撃系は分かるが、放出系とは何を指すのか。
一般的には放出系とは魔術の分類で使われる言葉である。
自らの体内で操作した魔素に指向性を与え、その効果を放出するタイプのものだ。
「告死無想は魔術とも複合できる…」
一部の魔術は魔技の効果を向上させるものがある。
しかし逆のパターンは確認されておらず、このような無関係の魔術と魔技を複合させることなど勇者にしかできないと思われていた。
これは全人類の希望となる魔技になる。
これ程の凄まじい能力を持つ魔技が今まで知られていなかったのが不思議でならない。
おそらく常軌を逸する程に石を投げるというのが発現条件。
それでも過去に幾人かは居た筈である。
「まさか、投神様という存在が呼び水となって…」
そして世界が変革されたのではないか…。
シャオスは投神を信仰の対象としているが、この世界の普人族として染み付いた女神への畏れからか、これ以上の考察は危険な気配を感じた。
「今は戦闘中だ!
骨魔人はまだ4体も残っている!
倒すぞ!」
「「「お、おお!」」」
「放出系魔術が使える者は告死無想で放てぇ!」
「「「おおお!」」」
辺りはもう既に放出系魔術を扱えるほどには魔素に満ちている。
炎に包まれた小剣を持つ骨魔人に止めを刺すべく、団員たちは新たな“力”を嬉々として試し始めた。
ヒスイと同じく“炎之槍”や“火球”、“氷之槍”などを“告死無想”で投げ放ち、強烈なダメージを与えている。
彼らは敵を倒すよりことも、新たな玩具を与えられた子供のように夢中で、そして無邪気な残酷さで攻撃を繰り出している。
師団長であるシャオスは攻撃に加わらずに考え込んでいた。
彼は戦士、重戦士を経て聖騎士の職業を持っている。
しかし聖騎士の使える魔術は白魔術師の劣化版でしかない。
そしてさらに白魔術に普通の攻撃魔術は存在しない。
「放出系…
これも放出系だ!」
通常の敵には無力な白魔術師だが、特定の敵には絶大な力を持つことが知られている。
アンデッド系や霊体系の敵に対してだ。
白魔術第二階位にアンデッド系や霊体のHPにダメージを与えるものがある。
“祈祷”だ。
シャオスは魔素を操り聖なる力を導く。
殆ど使ったことのない魔術だ。
聖騎士であれば、通常攻撃が効かない相手には白魔術で自らの武器に聖別を与えて攻撃が通るようにする。
その方が“祈祷”などでちまちまHPにダメージを与えていくよりも断然に効率が良いのだ。
存在すら忘れかけていたこの白魔術を敬虔な気持ちで操作する。
まだ希望に満ちた若い頃に女神に無心に祈った、あの時の純粋さで。
シャオスの右手に現れたのは白く清浄な光を放つゴツゴツとした塊。
瓦礫だ。
無意識に投げ慣れた形に練り上げたのだ。
それを慣れた自然な動作で構える。
狙うは未だ無傷の骨魔人パーティーの3体。
「【告死【祈祷】無想】っ!」
シャオスは祈祷の塊を投げた。
それは低級の魔術などではなく、白き閃光。
問答無用に穢れた者どもを消し去る断罪の力だ。
「ナんテきタナい」
双子のうちの後衛系骨魔人が杖を翳す。
サイドに控えていた不死の王たちが蹴られた石のように吹っ飛び、転がりながら壁を形成した。
何十体にもなる不死の王でできた壁ではあるが、シャオスの投げた祈祷の光は止まらない。
聖属性の魔術効果自体に物理属性を与えられた反則的な特攻の力は、物理攻撃無効の不死の王をさしたる抵抗もなく砕き、浄化した。
「センジュ」
不死の王の壁を貫通した祈祷の光は、腕を無数に生やして回転斬りをする前衛系骨魔人と激突する。
パリパリと乾いた音を立て、骨の腕の破片が飛び散っていく。
骨の腕を砕き、浄化してはいるが、止めどなく生やされる骨の腕に遮られて本体にはダメージが通っていない。
やがて“祈祷”の効果が尽き、光が消えた。
それに合わせて回転を止める骨魔人。
ノーダメージではあるが、使用回数を減らしたに違いない。
城壁上では敵として認識していないような素振りであったが、伽藍堂の眼孔をこちらに向けて睨んでいるように見える。
「生きている人類を舐めるなよ、骨ども!」
シャオスは迸る戦意のままに吠えた。
そこにはもう投神に出会う前の卑屈な男の面影はない。
「師団長に続けぇー!」
「「おおう!!」
「【告死【炎之槍】無想】!」
「【告死【雷球】無想】!」
「【告死【祈祷】無想】!」
「【告死【飛礫】無想】!!」
魔術を扱える者は魔術を、魔術を使えない者は“飛礫”を。
テンゲイン・チルドレンたちもそれぞれの得意な戦術で攻撃をかける。
骨魔人はまた無尽蔵にある不死の王たちで作った長大な壁を作り上げた。
人類の強烈な総攻撃を受けて不死の王たちは次々に破壊されていくが、あぶくのように湧いてくる不死の王に阻まれている。
そして膨れ上がる大規模な魔術行使の気配…!
「ヤバい!阻止し…」
「もゥイやダぁァ…
………キぇて
【【はぜろりあじゅー】】」
音をも消し去る大爆発。
全てが白に塗り潰され、崩壊した。
「…何が起こったんだ?」
城壁上残っていたクワンが呆然と呟く。
粉塵が巻き起こり、城壁下の様子は見えないのだが、広範囲に渡って魔素の大暴走が起こっているのが感じ取れる。
「この現象は“最終究極魔術爆発”です…」
同じく城壁上に残っていた黒魔術師の女性冒険者が答える。
「バカな!魔人が使ったというのか!?」
「おそらく…
元魔人とはいえ、現在はこの世界に適応してダンジョン外に進出してきた魔物ですから…」
「人類が編み出した魔術を使える、と…
しかし魔物がハズィーロを使ったなんて聞いたことないぞ!」
「ですから、今回が初めて確認されたケースかと」
「むぅ…」
「それよりもこの威力のほうが問題です
一発のハズィーロでこれ程の効果を現すなんて…
噂ですら聞いたことのないレベルです」
「……みんなは?
みんなはどうなった?」
「…下に降りた者の多くは戦士系
ハズィーロを防ぎきる魔術防御壁を張れる者はいないかと…」
「くそっ!!!」
前衛職の者たちや城壁を失った今、この旧アルターに残る者の命は風前の灯である。
「話しが違うぞっ!
なんで骨魔人どもがこんなにも…」
「話し?」
「いや…、俺の予想より敵の侵攻が早かったという話しだ」
「はぁ…」
「それよりも、ほら、粉塵が落ち着いてきたぞ!」
クワンの指摘したように、徐々に戦場の様子が見えてきた。
「…あ、生きてる…?」
更地となった大地に巻き添えを喰らったのかごっそりと不死の王が消えており、骨魔人の放った魔術の威力の大きさを物語っている。
立っているのは骨魔人3体のみだ。
それでも城壁下に降りた者たちも跡形なく消し飛ばされたかに思われたが、多くの者が生き残っていた。
しかし瀕死状態のようで、動ける者はいない。
今、少しでも攻撃を受けてしまえばたちまちHPはゼロになるだろう。
勝利を確信したのか、3体の骨魔人は泰然と佇んでいる。
「くそったれ!どうすれば…!」
普段の彼なら口に出さない悪態をつくクワン。
それがきっかけとなったのか、骨魔人が動く。
「きタなイワ」
双子の後衛系骨魔人は空隙を埋めるように、不死の王たちを四方からガラガラと引っ張ってきた。
一見乱雑に見えたが、アンデッドの並びには規則性があった。
魔法陣だ。
「何かを呼び出す気ですっ!」
クワンの隣りにいる黒魔術師が緊迫した声で警告を発した。
しかし彼らにはこの状況を見守ることしかできない。
幾何学的な列に並んだ骨魔人は紫色の光ではない光を灯している。
その負の生命体の穢らわしい根源の何かを燃やすように。
おおオおォおおォオおおお…
一際大きな紫色の炎を上げた骨から崩壊が始まっていく。
そして全ての骨が哀れな炎に変わり、魔法陣が完成した。
溢れ出す瘴気。
せり上がるように地面から伸びる二つの黒い影。
「…くソダりィ」
「ヤっテるヤッてるゥ⭐︎」
現れたのはヒスイに消された侍のような骨魔人と4本腕の軽快な骨魔人だ。
「復活しやがった…」
後衛系の骨魔人がいる限り不死の王を媒介にして再生できるのだ。
「こりゃ無理だ…」
「全人類終わったな」
適応種の骨魔人パーティーと無限に湧いてくる不死の王に世界は蹂躙される。
そんな未来が誰にでも容易に予想できた。
絶望する人類に目もくれず、骨魔人たちはパーティーを組み直す。
誰も遮る者がいない大地を悠々と歩き出した。
全人類を破滅に導くべく。
手始めにこの旧アルターに残る人々を蹂躙するのだ。
「ききき帰還アイテムをっ!!」
クワンは隣の黒魔術師に縋り付いた。
「…もう随分前から座標撹乱魔術をかけられてますよ」
「何だとっ⁈」
ぐわぁぁ あぁぁ ……
城壁下では弱々しい断末魔が聞こえる。
骨魔人たちは武器による通常攻撃で止めを刺しているのだ。
「麗しの竜人姫っ?」
5体の骨魔人の行く手を遮る者がいた。
満身創痍のヒスイである。
青黄緑色の鱗に鮮血を流し、立ち上がる。
「わ…私は、諦めない」
残された腕に炎の槍を宿す。
「投げも、槍も」
フラフラでありながら隙がないヒスイの鬼気迫る仁王立ちに、骨魔人も足を止める。
「…儂も諦めんぞ」
師団長シャオスも立ち上がる。
「俺も…」「私も」
「まだ、六百万ぐらいしか投げてないっす」
限界を何度も越えてきた彼らは、最後の力を振り絞って立ち上がる。
ここで命尽きようとも、最後まで投げ続けるのだ。
「ハ、だリィっテ」
骨魔人はそんな戦士たちの気迫を歯牙にもかけず、無慈悲な光を乱反射させて長刀を構えた。
「ダる…」
全ての者の命を刈り取るような横薙ぎが振られようとした、その時。
ジャラン…
全ての者の耳に届く、不思議な音が聴こえた。




