芋と大げさ
俺は俺からの支持でアルセと共に精霊島とか言う場所に向かうことになったのだが、ぎっくり腰が治ったガルフも結局精霊島までの案内役として同行する事になった。
そんな俺達は現在、喉を潤すため川原で一息ついている。
ゴクゴクと水を飲んでいる俺は、水面に写った自分自身の姿を初めて見て驚いてしまった。
ちょっとパーマがかった濡羽色の髪、その頭部からは二本の小さな角が生えている。さらに瞳は薔薇の様に赤い。
ずっと奴隷として生きてきた俺は鏡なんて見たことがなかった。
だからこの今の容姿に少しビックリしてしまったのだ。
俺は本当に魔族になってしまったんだな。
だが、よく見ると凄くイケメンじゃないか。
それにこの顔どこかで見覚えがある。
……そうだ! あの日魔王城で【時狭間】を使った謎の魔族だ。
この顔は間違いなく、あの時の魔族と同じだ!
あの時の魔族が俺自身だったのなら、【時狭間】を使用できた事も納得だ。
しかしふと考えてしまう。
今のこの姿でリリィーの前に現れて、果たしてリリィーは俺だと気づいてくれるのだろうか?
少しだけ不安になりながらも、もう一口水を口に含むと、すぐ近くからジャバジャバと音が聞こえる。
その音の方に目をやると、アルセが川に向かって下半身を丸出しにし、用を足している。
「ブゥウウウウウウウウウッッ! お、お前何やってくれてんだよアルセセセセセセッ!」
俺は口に含んでいた水をすべて吐き出し、アルセに鬼の形相で詰め寄る。
「なにって見たらわかるやろ? 小便しとんねん」
「何でわざわざ川に向かってするんだよ! 俺が水を飲んでたのがわかんねぇーのかよっ! ちょっと飲んじまっただろうがっ!」
「そりゃ悪かったな。せやけどお前もちゃんと周りを確認してから水を飲まなあかんでっ」
何言ってやがんだこのアホはっ! コイツには常識って言うものがないのかっ!
まぁ、ずっと奴隷だったコイツにそんなもんあるわけないか。
俺だって前世の記憶を取り戻していなかったら……今回だけ多めに見てやるか。今回だけだぞ!
しかし、このアホもよくよく見ると意外とイケメンだな。
紫がかったラベンダーのような瞳と、アメジストの様な紫の髪は長く伸びた襟足を紐で縛ってサラサラと揺らしている。
そして額からは角が一本と尻からは黒くて細長い尻尾が生えているが、俺同様非常に人間に近い見た目だな。
「つーか、精霊島とか言う所まではどうやって行くんや? 俺は出来れば早く400年前の過去に行って、腹いっぱい肉を食って女を捕まえたいんやけどな」
「お前の頭の中にはそれしかねぇーのかよ、まったく」
俺だって前世からずっとリリィーとやれずに我慢してんだぞ! お前も少しは我慢しろよな。
「ちょうど今からトルネ坑道へ向かおうと考えおったところじゃよ」
「トルネ坑道ってなんだよ?」
「トルネ坑道とは、嘗てドワーフ達が築き上げた地底都市、或は洞窟神殿とも言われる場所じゃよ――」
つまり、ガルフの話を掻い摘んで要約するとこういう事だ。
精霊島に向かう為には海を渡らなければいけないのだが、魔族が人間の街や港で船に乗れるはずもない。
その為、ここから竜の巣と呼ばれる場所に行き、竜に乗って精霊島までひとっ飛びで行こうということらしい。
なんでも今俺達のいる場所から竜の巣までは、普通に行けば徒歩で三ヶ月は掛かる道のりらしいのだ。
ところが、トルネ坑道を通れば三ヶ月掛かる道のりも僅か10日ほどで行けると言う。
「そんな近道があるなら人間も大勢居るんやないか?」
ガルフの話を聞いていたアルセが随分とまともな意見を口にしている。
こいつにしては珍しいな。
「それが人間はトルネ坑道には近づかんのじゃよ。あそこには悪魔が住み着いておるらしく、人間たちの間では死の坑道とも呼ばれておる場所なんじゃよ」
「「悪魔!?」」
「そんな所を通って本当に大丈夫なんだろうな?」
「でも近道出来るんならそれに越したことはないんやないか、クロノス?」
まぁ、確かに三ヶ月も掛けて竜の巣とやらに行くのは面倒だな。
それに人間が使わない経路なら、人間に遭遇する危険がないのも確かだしな。
「考えたって仕方ない、取り敢えずトルネ坑道に行くか」
「決まりじゃな」
「その前に飯にしようや! 俺もう腹ペコで死にそうやわ」
「では、儂の保存食の芋を焼いてお前さんらに振舞ってやるかの」
「「芋!?」」
奴隷生活が長かったから芋なんて生まれ変わって以来一度も口にしていない。
芋如きで喜ぶ俺もどうかしていると思うのだが、食いしん坊のアルセは何故か顔色が悪い。
一体どうしたのだろう?
「ん? どうしたんだアルセ?」
「お、俺芋はちょっと……」
「なんじゃお前さん芋が嫌いなのか? 若いのに好き嫌いは感心せんな」
「好き嫌いもないにも、お前芋食ったことないだろう?」
「くっ、食ったことないけどなっ……芋食ったら尻から毒ガスが出るようになるんやぞ! そんな奇妙な体質になってみろや、俺は俺の屁で下手したら死んでまうやんけ!」
どうやらアルセはあの時のガルフの屁がよほど臭かったらしく、芋を食えば自分もとてつもなく臭いオナラをしてしまうと恐怖しているらしい。
生まれてからずっと奴隷だったとは言え、無知とは恐ろしいものだな。
「安心しろよ、アルセ。芋を食っただけじゃあんな強烈な屁は出やしないさ」
「ほ、ホンマやろうな? 親友の俺を騙してるんやないやろうな?」
「クロノスよ、そんな失礼なアホは放って置いて、お前さんも食べたらどうじゃ? この芋は生でもいけるんじゃぞ」
腰袋から取り出した保存食の干し芋を俺へと差し出しながら、ガルフがマナー違反な行動を取りやがった。
――プー
「「クッセエエエエエエエエッ!!」」
ガルフの尻の辺から目に見えるほどの黄色い何かが立ち籠めると、アルセも俺も地面に這い蹲り、悶絶してしまった。
「もう騙されへんぞ! やっぱり芋は毒ガスを発生させるための燃料なんやんけ! 俺はこの先死んでも芋だけは絶対に食わへんからなっ!」
ネズミすらも生で食べてしまうほどのアルセに、初めて嫌いな物が出来た瞬間だった。
そして俺は泡を吹き生死の境を彷徨ったのだ。
とは、少し大げさか。
「大げさ過ぎるわっ! 失礼な奴らじゃ」
なんて、どうでもいい会話をしながら、俺達はトルネ坑道に向かう事になったんだ。




