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8秒の奇跡

 あれから3日間歩き続けた俺達は、切り立った崖や聳え立つ山々に囲まれたトルネ坑道の入口まで来ていた。


「しっかしえらいでかい石扉やなー」

「どうやらここがトルネ坑道の入口のようじゃな」


 目の前のとても巨大で丈夫そうな石扉には、細やかな紋様が彫られ、嘗て非常に優れた職人などがこれを作った事が一目で伺える。


 俺とアルセは二人で石扉を押し開け中を見渡すが、真っ暗で何も見えない。


 すると後方からガルフのじいさんが何やら詠唱を唱え光を放つと、坑道の中が見渡せるほどの明かりに包まれた。



「おお! ジジイの癖にやるやないか」

「おい、クロノスよ! このアルセとか言う奴は芋の件といいちょっと失礼じゃないかの!」

「気にするな。ずっと奴隷だったからただの世間知らずなだけなんだよ。決して悪気があるわけじゃない。それよりもさっさとここを通り抜けよう。ぼやぼやしてると悪魔とかいうのが出てくるかもしれないぞ」


 坑道の中に足を踏み入れた俺達はゆっくりと辺を見渡した。


 坑道の中はガルフの言っていたように、その昔ドワーフ達で賑わっていたのだろうと思える程の、崩壊した街並がどこまでも広がっていた。


「なんかめちゃくちゃ不気味な所やな」

「ああ、滅んだ都市だからな……これも嘗て俺達勇者が人間だけに優しい世界を創ろうとした結果か……。俺達は一体何を目指していたんだろうな」

「うーん。しかしその過ちに気づく事が出来たお前さんが、歴史を改変し、人も魔族も皆が笑って暮らせる世界に変えてしまうのじゃろ? ならこの光景も事実として見ておかねばならん事柄だったのではないか?」


 ガルフの言う通りだ。

 俺はこの無残な光景から目を逸らしてはいけないんだ。


 これは俺達勇者の過ちなのだから。


 自分が犯した間違いを噛み締める俺のすぐ側で、呑気なアルセがヨダレを垂らしていやがる。


「っお! ネズミや! 俺が見つけたんやからあれは俺のやからなっ!」

「意地汚い奴じゃの。それにあんなもん食ったら腹壊すぞ」

「アルセからしたらネズミはご馳走なんだよ。奴隷の時は肉なんて食えなかったからな」


 ネズミを追いかけ一人走り出し、そいつを捕まえては美味しそうに頬張るアルセ。

 そのアルセの背後から、大量の何かが目を光らせて(うごめ)いている。


「ん? ありゃーなんや!?」

「馬鹿者っ! あれは火鼠の群れじゃ! 早くそこから離れんかアルセよ!」

「っえ!?」


 モグモグと口を動かしながら、背後に顔を向けたアルセは悲鳴混じりの声を上げながら飛び跳ね、血相変えてこちらに逃げ戻ってくる。


「ネ、ネズミのお化けやああああああああ!?」

「お化けではない、あれは火鼠と言う魔物じゃ!」

「どうやら囲まれてしまったみたいだな」

「んな呑気な事言っとる場合とちゃうやろ、クロノスっ! 俺はネズミを食うのは好きやけど、ネズミに食われるなんて絶対嫌やからな! ジジイは武器持ってんねんからなんとかしてくれや! つーかお前ら何でそんなに冷静でいられんねんっ!」


 と、言われてもな。

 ずっと鉱山でしか生きてこなかったアルセにとっては初めて見る魔物かもしれないが、火鼠と言う魔物は別に珍しい魔物でもなければ、これと言って強くもない。


 人間の子供程の背丈しかない火鼠は寧ろ雑魚だと言える。


 ただ火鼠の厄介なところはその繁殖能力の高さだ。

 現に今俺達を取り囲んでいる火鼠の数は軽く50は超えている。


「さてと、久しぶりにひと暴れするか」

「何言ってんねんクロノス! この数を相手にたった三人でどうしろって言うねん! ああああ! もう終わや! 俺はやっぱりクロノスみたいに童貞とか言うのを捨てられずに死んでく運命やったんやあああああああ!」


 ――ゴンッ!!


「いったいなぁあああ! 何すんねんクロノス!」

「お前俺に喧嘩売ってんのか! 親しき仲にも礼儀ありだ! 言っていい事とダメなことがあるだろうがっ!」

「………ひょっとして前世で童貞のまま死んだことを気にしてんのか? ップ。」

「この野郎っ! 今笑っただろうっ!」

「笑って……ップ、ないから。ハハ」

「笑ってんじゃねぇーかよ! 言っとくけどな、お前だって俺と変わらないんだからな!」

「……お前と一緒にしんといてくれるか?」

「………………」


 くっそたれがあああああああああああ!


「お前さんら、訳のわからん言い争いをしておる場合ではなかろう」

「わぁてるよっ! じいさんその腰に提げた短剣を貸してくれるか?」

「構わんが、これで戦うのか?」

「こんな雑魚ども短剣一本ありゃ十分だっ!」

「なんかクロノスめっちゃ怒ってんな?」

「お前さんが怒らせたんじゃろうが!」


 俺がガルフから借りた短剣をクルッと宙に一回転させ握り締めると、火鼠達が一斉に襲いかかって来やがった。


「来るぞっ!」

「っげ!? 俺は丸腰なんやぞ!? 俺を守れジジイ!」


 ガルフの鋭く緊張感のある声が坑道内に響き渡ると、研ぎ澄まされた爪と牙を剥き出しに突っ込んでくる火鼠たち。


 俺は顔面目掛けて飛んできた火鼠に短剣を握り締める手とは逆の手で掌底打ちを放ち、流れる様に掌を地面につけ勢いそのままに素早く足を回転させて火鼠達を蹴り飛ばしていく。


 両手を地面に突いた状態のまま、俺は力いっぱい地面を押し込み宙に舞い上がり、飛びかかって来る火鼠を華麗に蹴り飛ばし、着地とともにバク転で後方へ跳んだ。


 俺の一連の動きを目の当たりにし、言葉を失うガルフとアルセ。


 俺は一呼吸のち息を止め、大地が振動する程の力で大きく一歩踏み出す。

 一気に火鼠達の群れまで距離を詰め、正面の火鼠に透かさず一閃お見舞いする。


 そして勢いを殺さないまま軸足を回転させ、周囲の火鼠達の顔面に刃を走らせる。


 高速で刃を振り回す俺の周囲を、鮮やかな血が弧を描いて飛び散る。

 はたから見たら開花して一瞬で散る薔薇の様にも見えたことだろう。


 俺は回転する足を止めることなくアルセの方に視線を向ける。

 するとアルセの頭上に今にも襲い来る火鼠を一匹捉えた。


 このままではアルセが不味い!


 そう判断した俺は、ある技を使用しながら再び宙に飛び跳ねる。


音の無い世界サイレントレスワールド!!」


 【音の無い世界サイレントレスワールド】とは文字通りの意味だ。


 いや、正確に言えば音を置き去りにするほどの光速で、俺以外のすべてのモノの流れる時間を変えてしまうものだ。


 【音の無い世界サイレントレスワールド】は【時狭間】とは違い、生き物を傷つける事も可能なのだが、その制限時間は僅か8秒と短い。


 だが、たかが50程度の火鼠を葬るには十分過ぎる時間だ。


 俺は【音の無い世界サイレントレスワールド】で俺以外のモノが止まったようにゆっくりと動く中、アルセの頭上から襲い来る火鼠の身体を上空から一刀両断。


 俺は休むことなく周囲の火鼠達を素早く斬り刻んでいく。


 蠢く火鼠達の隙間を一本の糸を縫うように駆け抜けながら、右え左へ踊るように斬り裂いていく。


 俺の剣筋に迷いはない。

 ただ一心不乱にこの刃を振り抜くだけだ。


 タイムリミットの8秒まであと3秒、残る火鼠は26匹。あとに2秒、14匹。

 まだだっ! もっと早く、俺は誰よりも何よりも速く時を駆け抜けるんだ。


 ラスト0.4秒、俺の真っ赤な瞳子は鋭く火鼠を捉えたまま……。


 全力で地面を蹴り上げ踏み出す一歩、飛び出すように瞬間で駆け抜けた直後、タイムリミットの8秒が過ぎ去り、世界の秒針があるべき時を刻む。


 正確な時を刻み始めた世界で、圧倒的速度で斬り裂かれた火鼠達の体からは真っ赤な血飛沫が舞上がる。


 同時に摩擦により生じた火花が火鼠のよく燃える血液に引火すると、火鼠たちの肉体は燃え盛る炎に包まれた。


 置き去りにしていた音も後から遅れて響き渡る。


 坑道内に炸裂音という名の爆音が轟くと、アルセとガルフには俺の瞳の赤い閃光だけが目の前を通り過ぎた様に見えただろう。


 そして、その刹那――


 周囲を取り囲む火鼠が一斉に血飛沫を上げては【豪】っと音を立て、耳を塞ぎたくなるような轟音が辺に響き渡ったのだ。


 二人は燃え盛る炎に包まれるその光景に、ただただ唖然としていたのだろう。


 大口を開け、燃え盛る炎に目を向けるアルセとガルフ。


 その視線の先、炎の中から気怠そうに肩を回す俺が姿を現すと、二人は大きく目を見開いた。


「「!?」」

「ま、マジかよ!!」

「な、なんと!!」

「ん? これくらいどうってことない。俺は嘗て勇者と呼ばれていたのだからな!」

「………童貞やけどな……」

「童貞勇者おそるべし……じゃな」


「童貞童貞言うんじゃねぇーよっ! これでも気にしてんだからなっ!!」

「すまんかった、ついうっかりな」

「……かっこええんか悪いんか、なんかようわからんな、クロノスは」

「かっこいいんだよ! 勇者なんだからなっ!」


 にしても、【音の無い世界サイレントレスワールド】はやはりかなり疲れるな。


 魔族の肉体になったから人間時代よりはマシなようだが、やはり身体が少し軋む。


「しかし、火鼠1匹いたら100匹と言う言葉もある。気を引き締めて進むとするかの」

「その時はまたクロノスがスパッとやってくれるわ、楽ちんでええわ」


 この野郎、俺の気も知らないで呑気な事言いやがって。



 その後、俺達は悪魔とか言う化物に出会わぬように、慎重に坑道を突き進んでいく。

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