もう一度だけ
左のこめかみに衝撃を貰う。
そしてその衝撃で、机と椅子にうるさくぶつかった。
その痛む患部を押さえながらふらふらと立ち上がる。
顔を上げ、その衝撃の送り主を見やる。
郷美だった。
三津さんの水色パンツに興奮して、郷美への魔法がなおざりとなってしまったのだろう。
動けるようになった彼女に殴られた。
まったくしょうがないな、次は郷美のパンツを拝んであげるよ。
そんな風に目を細めた時だった。
ずぶり、と。
腹部に重い哀痛が溢れる。
ひどく鋭く、熱く、冷たく、苦しく、重い。
何かを纏うように重い刃。
その刃がぐちゅっと切り開く。
これを切り口に彼女と混ざり合うようなそんな感覚を覚えた。
狂気の目。狂喜の目。
卑しく、醜く、浅ましく、見苦しい。
しかしそんな彼女も狂おしい程に愛おしい。
なんて美しい。
潮が引くように冷たくなった手を、その彼女の頬に添える。
誰かのまだ乾いていない血が邪魔で、それをどうにか拭う。
ああ、綺麗になった。左頬だけだけど。
やっぱり僕は彼女のこの顔がどうしようもなく好きなんだ。
パンツも好きだけど。
しかしそんな彼女もぼやけ始めた。
いや、視界だ。目が掠れ始める。
彼女の輪郭がぼやけ、曖昧。
いやだ、もっと見ていたい、パンツを見たい。
見苦しく足掻きたいが、体がうまく動かない。
仕方なく目を閉じる。
そうすると手足が痺れるような気がしたがそれはすぐに収まり、代わりに何も感じなくなった。
手で触れる彼女のその柔らかさも、血と混ざった彼女の匂いも。
何も感じなくなる。
しかしそれでも刺さったナイフは痛かった。
これだけが今、彼女を感じる唯一のもの。
そう思うと、気持ちがいい。心地がいい。
そんなナイフが優しく蠢く。
ぐじゅっと中をかき混ぜるように、捻る。
「あが」
思わず声を出す。
みっともなく口は開いたままで、血と共に唾液が口端から垂れる。
それは顎まで伝うと何処かに滴り落ちていった。
それをあやふやに感じていると、また違った何かが伝った。
いや這った。
温く、濡れていて、柔らかい。
どうにか乾いた目を開けると、彼女の顔が近かった。
彼女のやわい息が顔にかかるのを微かに感じる。
彼女は僕のその唾液をその温かい舌でいやらしく舐め取っていた。
そして耳鳴りの中、彼女の声が辛うじて届く。
「よくも私のパンツを見ましたね」
彼女は僕の口元でそうつぶやくと、目を閉じながらその顔を離した。
そしてナイフもゆっくりと引き抜く。
ぬぷっと、塞き止められていた血が流れ出る。
彼女のその言葉にどうにか口を開きたいが、どうしても動かない。
血と共に声が失われたよう。
もう一度だけ見たい。
そう言いたい。
もう一度だけ、君のそのピンクのしましまパンツを拝みたい。
そう言いたい。
それでも、喉は震えない。




