残像を刻む異次元
「――はい、できた。名付けて『コピー召喚』だよ」
無事に金貨五枚の報酬を手に入れ、基礎魔石を買い揃えたミカルは、研究室に戻るなり机の上に一本のペンを「ぽん」と出現させた。
それは、マリンが今まさに手に持っている、お気に入りの繊細な細工が施された万年筆と寸分違わぬものだった。
「……ちょっと待って、ミカル」
マリンは自分の手元と、机の上に現れたペンを何度も見比べる。
「これ、さっきの『引き寄せ』じゃないわね。私のペンはここにあるもの。それに、空間転移の魔力残滓もない。……あなた、何をしたの?」
「うん。これはね、マリンのペンの構成情報を僕の頭の中で完璧にサンプリングして、そのイメージ情報を一度『異次元の仮想空間』に投影したんだ。そこで全く同じ複製を作り上げてから、この机の上に呼び出したんだよ」
ミカルは、さも「お茶を淹れたよ」と言わんばかりの気軽さで微笑んだ。手始めの実験としては大成功である。
しかし、それを聞いたマリンの理知的な脳細胞は、一瞬で大パニックを起こした。
「……異次元にイメージを投影して、一から作り上げた? ミカル、それは召喚術の定義を完全に逸脱しているわ。無から有を、それも構成情報を脳内で完璧に再現して擬似的な物質を編み出すなんて、それは『創造魔術』の領域よ! 召喚術師が手を出していいプロセスじゃないわ!」
「え? でもマリン、最後に異次元からこの場所に【呼び出して】るじゃない」
「それはそうだけど……!」
「じゃあ召喚術だよ! 途中で創造してようが何してようが、最後に呼んでるんだから召喚術。細かい定義なんてどうでもいいじゃない、便利なんだから!」
「どうでもよくないわよ! 学会がひっくり返るわ!!」
頭を抱えるマリンを余所に、ミカルは机の上のコピーペンを手に取り、さらさらとノートに試し書きを始める。
「ほら、インクの粘度も重さも本物と全く同じ。一定時間が経つと異次元への魔力供給が切れて消えちゃう仕様なんだけどね」
「消えちゃうなら、食べ物や薬品の複製には使えないわね。あとで体内から消えたら大問題だわ」
「うん、だからこれは工具とか武器・防具を一時的に2つにするための術なんだ。例えば、職人さんが大切な高級工具を壊したくない時、これを『身代わり』として使えば本物は無傷で済むでしょ? あとは、1つしかない強力な盾をコピーして前衛の人たちに配れば、物資を減らさずにみんなの安全を守れる。絶対に役立つと思うんだよね!」
「……本物と全く同じ構造の物質を、脳内サンプリングだけで異次元に創造、かつ現世に一時固定。……そんなの、普通の創造魔法なら、歯車ひとつ、ネジ一本ずつの形や噛み合わせを論理的に組み立ててイメージしないといけないから、複雑な道具を作るのは不可能なのよ。それをあなた、見たままの姿(外見)を投影するだけで中の見えない精密部品まで完璧に自動実体化させてるじゃない……」
マリンは呆れ果て、同時に、この目の前の「だらしなくて世慣れた常識人の親友」が、どれほど底知れない、既存の枠に収まらない本物の天才(怪物)であるかを、改めて痛感させられた。
(もしこの術の理論が公になったら、ミカルは国から国家機密として強制的に囲い込まれてしまう……絶対に秘密にしておかなきゃ……!)
マリンの理知的な頭脳は、即座にそのリスクを弾き出した。
「ミカル、いい? この『コピー召喚』の詳しい理論は、私以外には絶対に秘密にしなさい!」
「え? みんなに教えたら便利なのに。まあ、マリンがそう言うなら秘密にするけど……もし緊急時とかにうっかり使って怪しまれたら、その時は『なんかたまたま奇跡的に上手くいっちゃいました!』ってとぼける作戦でいくね!」
「……心臓に悪いから、お願いだからとぼけるような事態は起こさないで頂戴ね?」
ため息をつくマリンの横で、ミカルはすでに次の研究ノートを広げていた。当然、この術もまた「創造魔術が混ざっている」という規格外な構造ゆえに、ミカルにしか扱えないことには、まだ二人とも気づいていなかった。




