第12話 輝く一杯に流れ星を添えて
ことりと木の葉は、光の道に足を踏み入れた。
歩く度に足下がキラキラ光って、黄金の川を渡っているようだった。
三人は、三メートル歩いて立ち止まった。
「三十分経った?」
少女が、木の葉の腕時計を指差した。
木の葉が見ると、長針は短針と合わさっていた。
「ああ。おまえ分かるのか、すげえな」
褒められて少女が頬を染めた。
「あたし、かえらなくちゃ。お兄ちゃんたち、がんばってね。この先に、りんごの木があるの。たくさんのインコとオウムが枝の上で休んでるけど、お兄ちゃんたちには見えない。飼ったことがないでしょ?カラスがいなくなるのを待てばいいよ。この森のカラスは、おおっきな、おおっきな懐中電灯を持っていて、化け樹たちを照らして影を作るの」
少女はニコッと笑って、左手の人差し指を唇にあてた。
「ひみつだよ。あたしが来たことも、お姉ちゃんには内緒ね、シィーよ」
そう言ってから付け足した。
「見た目と違うの。お姉ちゃん、すっごく優しいの。あたし、大好き!」
その瞬間、煙のように姿を消した。
ことりは背筋が寒くなったが、木の葉は落ち着いていた。
「幽霊だったのか」
「えええっ!幽霊も来るの?」
ことりは仰天して、木の葉の横顔を凝視したが、木の葉は、何の事はないといった調子で言った。
「成仏してるから問題ねえよ」
「成仏してるなら来たらダメじゃ、あ、この森、お盆の森だった!人の霊も来るんだね……あれ?あの子は妖怪かな?どっちだろ……カラスの話、本当かな」
話すうちに、ことりは、段々と元気を取り戻していった。
木の葉も、樹々から解放された喜びが、徐々に沸き始めた。
「さあな、初耳だ。どこで手に入れたんだ、そんなでっけえ懐中電灯。特注品か?」
「懐中電灯は大妖怪が作ったのかも。熟練奉公屋も手伝ったのかな?それとも、おばば様だけの妖力かな?あの子のお姉ちゃん、赤目守りだよね。姉は妖怪で、妹は幽霊なの?どこに還ったの?天国?」
ことりは興味しんしんだったが、妖怪の件に関しては、木の葉は、全く興味がないふうだった。
「赤目守りに聞け」
「絶対に会いたくない!」
一年前、知世が頼ったのは、あるバーテンダーだった。
そして、そのバーテンダーが頼ったのは、十羽の恋人、祭だった。
アイビーのつるを這わせたレンガ造りの不思議なバーは、森の奥にポツンとあった。
大学からの帰り道、点々と続く椎の実を辿って行くと、急に雨が降り出して、引き返そうと慌てた時に見つけたのだ。
「雨宿りさせて貰おう」
入り口は、木の扉だった。
祭が取っ手を引くと、そのバーテンダーが、にこりとして言ったのだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「えっ!?」
妙な胸騒ぎがして後ずさったが、怖いほど美しい笑みで促されたのだ。
「今夜は、ブルーローズが手に入りましたので、お出し致しましょう」
「ブルーローズ?」
思わず問い返すと、背の高いバーテンダーが微笑んだ。
「こちらのお席へどうぞ」
再度促されて、仕方なく店に入った。
(お客さんがいない。私だけ?)
店内は、少し薄暗いが、足元はしっかり見える。
甘い香りに誘われて、祭は席に座った。
「私、バーは初めてなんです」
言いながら、祭は相手を観察した。
(こんな綺麗な人、見た事ない)
短い髪は、赤みがかった銀色で、瞳の色は、ピンクにもブルーにも見える。
「お待たせしました」
カクテルグラスを差し出されて、はっとした。
「え、いつの間に?」
「流れ星を添えておりますので、フォーリングスター・ブルーローズでございます」
祭は、光り輝くカクテルに見入った。
「わあ、満月みたい」
すると、バーテンダーが答えたのだ。
「はい、フルムーンでございます」
「カクテルの名前ですか?」
祭が尋ねると、バーテンダーが、軽く首を振った。
「いいえ、本物の満月でございます」
冗談を言っているのだと思って、祭は、星型のクッキーを摘まんだ。
ガラスの小皿に入れて、カクテルグラスに添えてあったのだ。
「あの、私、バーのこと、よく知らないんですけど。カクテルにクッキーって、珍しいですよね?」
聞くと、バーテンダーが、軽く首を振った。
「いいえ、流れ星でございます。入れてお飲みください」
「え?入れるんですか?」
物は試しと、祭は、言われた通りにした。そして、びっくり仰天した。
「うわあ、青くなった。しかも、輝いてる!星と満月って……もしかして、あなた」
「はい、一介の怪盗でございます。無敵怪盗には及びませんが、ジェラルドと申します」
名乗られた途端、祭は目を見開いた。
「え、男の人ですか!?」
「はい。生まれた時からずっと」
無敵怪盗ジェラルディンを見た事はないが、聞いた事はあった。
それで、てっきりジェラルディンの方だと思ったが、怪盗違いだったようだ。
「あの、私、もう帰ります」
一気に飲み干してカウンターに置くと、 急いで手提げ鞄を漁った。
「えっと、お財布」
「お代は頂きません」
「え、どうして?」
ぴたりと止まった指は、まるで、その答えを知っているかのように動かなくなった。
じっと見つめられて、祭は戸惑った。
「あの、私、もう」
「願い事を、星に願っても宜しいでしょうか?」
空になったカクテルグラスに目を遣ったのを見て、祭は、ぎくりとした。
「え?もしかして、私に願われてますか?流れ星を呑んだから?」
「はい、お願いしても宜しいでしょうか?」
縋るような両目を見て、頷くしかないのだと、祭は悟った。
「私に出来る事でしたら」
「あなたにしか出来ない事です。どうか、十羽さんに頼んで頂けませんか?お盆の森の土を、子供たちが欲しがっています。無敵怪盗に頼んで、土を分けて頂きたいのです」
掻い摘んだ事情を聞かされた後、ようやく解放して貰えた。
祭が、ほっとして立ち上がった時、一介の怪盗が、微笑んで言った。
「次は、ブルームーンをお出しできると思います」
「!!いらないです!!もう来ません!!」
逃げるようにドアを開けると、もう夜だった。
外に出て空を見上げると、たくさんの流れ星が見られた。
「そういえば……」
祭は、不意に思い出した。
「意地悪王子に教えて貰ったような。星降る夜は、星の怪盗が現れるって。もしも出会ってしまったら、願い事を要求されるって言ってたけど。まさかね」
祭が振り向くと、バーは消えていた。




