第11話 名に宿る妖力を元に、能力が生まれる
「任務を続行する。牡丹餅を持たぬ者は、つまみ出す」
長男ヤシは、きっぱり言い切った。
「九羽と十羽の手を借りるまでもない」
「ええ、おばば様亡きお盆の森は、赤目守りさまの管轄、赤目守りさまのバックにいる最強兄弟が動くまでもない、あたくしたちだけで十分です」
長女ヤシが、意地悪く微笑むと、妹ヤシと弟ヤシたちも頷いた。
きょうだいヤシが熟考を重ねる間、森は静まっていた。
それで、森に住む動物たちは、やっと違反者が捕まったのだと安心して、隠れ家から外へ出た。
猿も鹿も狸も、キツネもウサギもリスも、森中の動物たちは、命の危機に直面した時、例えば大樹の影が怒り狂う間は、おばば様が使っていた『森の隠れ家』に逃げ込むようにと、赤目守りから言われている。
その為、森の中が荒れ狂う間、隠れ家の中は大変賑わっていたが、遂に嵐は去ったのだと動物たちは喜んだ。
しかし、再び動き始めた化けヤシたちのせいで、またしても隠れ家に飛び込む事となった。
ことりは、化けヤシたちの意図を察して、木の葉を引っ張った。
「飛ぼう!!」
「は!?」
木の葉は、目が点になって、穴の開くほど、ことりを見つめた。
「木の葉を抱えて、化けヤシを乗り越えるのは無理だ。二十キロは、あるよね?」
ことりは、もう隠すつもりがなかった。それどころではなくなったからだ。
「背負って飛び続ける力もないなんて、恥ずかしい限りだよ。修業が足らない証拠だから、ごめん。でも、低空飛行は出来る。木の葉の能力は何?」
ことりが独り言のように話すのを、木の葉は黙って聞いていたが、鋭い目つきで質問に答えた。
「……二十五キロだ。葉を操れる。俺は、おまえと違って、本物の奉公屋の息子だからな。妖怪と違って、奉公屋は、ベースが人間だ。父ちゃん母ちゃんの能力は、引き継げねえ……『名前から得られる妖力』だけだ。おまえ、何で西野小に来たんだよ。俺たち奉公屋は、人間寄りだ。名に宿る妖力を元に、能力が生まれる。能力が及ぶのは、太陽の光が届く範囲だけだ。闇では使えねえ。おまえは平気だろ?能力じゃない、本物の妖力なんだろ?西野小の児童は全員、初等科だ。精神が不安定だと、能力ごと心が闇に呑み込まれる」
木の葉の問いを無視して、ことりは浮いた。
「あの化けヤシの回転速度を利用しよう!回転するトランポリンだと思って蹴ればいい。多少、怪我すると思うけど、死ぬよりマシだ」
ことりは、木の葉の首根っこを掴むと、正面の花穂を睨んだ。
選んだヤシは、運良く恐がりの末っ子だった。
「行くよ!」
木の葉の返事を待たずに独断して浮いたが、その瞬間、小さな白い両手に右腕を掴まれた。
「え、うそ」
ことりは脱力した。痩せ細った両指に、しっかり捕らえられたのだ。
ことりは、木の葉から片手を放すと、へなへなと地面に足をつけて、怯える目で少女を見つめた。
万事休す。木の葉も固まった。
「樹に悪さしちゃダメだよ、お姉ちゃんに怒られるよ」
「放してよ!!」
少女のどこにそんな力があるのか、振り解こうとしたが、びくともしなかった。
ことりは、体中の血液を鼓舞させて、必死にもがいた。
その様子をみて、化けヤシたちは回転を止めた。
「赤目守りさまだ、これで任務完了だ」
長男ヤシは安堵したが、長女ヤシは違った。
「待って、お兄さま!浴衣の色が違う!下駄も違う、髪型も!別人よ!」
「では、誰なの!?」
次女ヤシが、ヒステリックな金切り声をあげた。
「初めて見るわ!なぜカラスたちが騒がないの?赤目守りさまに牡丹餅を献上しているなら、森中に連絡が行き渡っている筈なのに!お姉さま、あの童は奉公屋の子供なの?それとも妖怪の子供?」
次男ヤシと末っ子ヤシも、こんな少女は知らないと言ったが、顔立ちは赤目守りにそっくりだった。
しかし、赤目守りの色褪せた小豆色の浴衣と違って、奇麗な桜色の浴衣で、柄は黄色い蝶々、下駄が桃色だった。
流れるように美しい黒髪を肩まで垂らして、ニコニコしていた。
(こいつ、赤目守りの妹か?こんな話、聞いたことねえけど)
赤目守りではない。赤目守りの年齢は知らないが、おそらく、二、三歳下だ。
それに気付いて、木の葉は、精神的に復活した。
「おまえの姉ちゃん、妖怪か?」
「うん。あたしのお姉ちゃん、森の番をしてるから、悪さしちゃいけないの」
少女が、快活な調子で、はきはきと答えたので、ことりも気が緩んだ。
「君も、僕たちを捕まえに来たの?」
ことりが思い切って尋ねると、少女が、「ちがうよ」と言って両手を放してくれたので、ことりは、心からほっとして息をついた。
「お兄ちゃんたち、さっきから、ずうっと樹に悪さしてるから、迎えに来たの。カラスたちから守ってあげる」
少女は、左手の人差し指を小さな桜色の唇に、そっと当てて「お姉ちゃんには内緒ね、シィーよ」と小声で言った。
それから、ことりと木の葉に、「あたしに付いて来て!!」元気よく言うと、化けヤシを目掛けて走った。
「あいつ、体当たりする気か!?」
木の葉が、びっくりして言うと、ことりが、否定して声を上げた。
「まさか!そんなわけないよ!あれを見て!」
少女の行く手に、煌々《こうこう》と輝きを放つ、光の道が出来たのだ。
それは、地中から浮き出て、地表に敷かれていた。
まるで月明りに照らされたレールのようだ。
その周囲だけ影が消えて、光が満ちた。
「僕たちも行こう!」
ことりが先に走り出したので、木の葉も急いで跡を追った。
「はあああ……今日は、奇跡ばっかり起きるぜ。妹のこと、ぜってえ、だあれも知らねえぞ。宝くじよりミラクルだぜ。俺ら、すげえこと知ったよなあ?」
木の葉が、間延びした調子で同意を求めたが、ことりは、むすっとした表情で、つっけんどんに答えた。
「僕は宝くじが当たる方がいいよ。牡丹餅も買えるしね」
「!!嫌味か!」
木の葉が眉根を寄せて突っ込むと、冷やかな返答があった。
「そうだよ、悪い?」
「案外、根に持つな」
木の葉は、謝るべきか迷ったが、結局何も言わなかった。
無言で駆け出した二人を見て、次男ヤシが叫んだ。
「兄ちゃん!あいつら逃げるぜ、逃がしてたまるか!」
ヤシの実をぶん投げようとしたが、長男ヤシが止めた。
「やめろ!もういい。我々は何も見なかった。取り逃がした、それでいい」
長女ヤシが、怪訝そうに尋ねた。
「お兄さま、何も見なかったとは、どういう意味です?」
妹ヤシと弟ヤシたちも、黙って答えを待っていた。
「赤目守りさまを思うと、胸が痛む。我々が先に出会って申し訳が立たない。今は忘れろ、いずれ森中の樹々が知る。天の目の復活は近い」




