第10話 奏の災難と、影の秘密
奏が、落ち込んでいた時、ドアがノックされた。
(えっ、また寮母さん!?)
奏は、ビクッとした後、何も言えずに相手の出方を待った。
すると、聞き慣れた声が聞こえて、すくと立ち上がった。
「奏?いないの?」
「知世!」
急いでドアを開けると、白いワンピース姿のいとこが立っていた。
「どうしたの?」
奏が目を丸くすると、知世が眉をひそめて言った。
「さっき、寮母さんから聞いた。寮母さんに付いて行くって、ほんと?」
「うん。本意じゃないけど、命令されたから」
奏は、肩をすくめて、再び悲愴な表情になった。
それを見て、知世は、甚く同情した。それから、小声で話した。
「ことり君、気付くと思う?影の秘密に」
「多分ね。そんな事より、今日は散々だったよ。僕まで、寮母さんに叱られて……」
「そう、大変だったのね」
顔をしかめる奏を見て、知世は再び同情したが、心の中では、こう思っていた。
(悪いわね、奏。今夜は、もう一つ、大変な目に会って)
「じゃあ、私、女子寮に戻るから。奏は、頑張って」
「うん、ありがとう。心配して見に来てくれたんだよね」
奏が、弱々しく微笑むと、知世は、にこりとして言った。
「いいのよ、大事ないとこだから」
知世が立ち去った後、ドアを閉めると、奏は、崩れるようにしゃがみこんだ。
長いつきあいだから分かる。
「ああ、最悪だ。あの笑みは、また何か企んでる。今日は厄日だよ」
木の葉は、ことりの両目をじっと見た。
「化けモンか何かが、化けヤシを照らしてるって言いてえのか?」
「そうだよ、カラスたちだ!」
ことりは、力強く頷いた。そして、勢い込んで自説を述べた。
「あいつらが鳴く場所には影が出来る。でも、桃の花と白梅のエリアに影はなかった!きっと四十雀の群れのテリトリーなんだ。さっき話したよね、ポットは、ピットに意地悪してた。ポットは、ピットを嫌ってたから、自分の嫌いなやつ、つまりピットが自分の許可なくエサを食べるところも気に食わなかったんだ。野鳥にも序列はあると思う。四十雀は、比較的大人しいけど、巣の場所や個々によって程度は違うと思うんだ。きっと、縄張り意識は強い方だよ、僕が知る限りでは」
木の葉は、ことりの話を、「ふ~ん」とか「へ~え」などと相槌を打ちながら、半信半疑で聞いた。
「この森の四十雀は、カラスたちと仲が悪い。あいつらを寄せ付けてないのが、証拠だよ。大喧嘩するほどではないみたいだけど、お互いのテリトリーに踏み込まない。無言の威嚇、暗黙のルールみたいだ。四十雀は、人に対しても、好き嫌いが、結構はっきりしてる。ピットも、ポットでさえも、姉さんには全く懐かなかった。この森の四十雀たちも人間を選んでる。だから攻撃して来なかったんだ」
聞き終えて、木の葉は、眉を寄せた。
「この森、野鳥に決定権があるのか……納得いかねえけど、じゃあ、俺は選ばれなかったわけだ。紅色の道は初めて見たぜ。あいつら、前ン時は、マジで容赦なかったぞ。体中に、顔まで蚯蚓腫れが出来た」
木の葉の不満げな顔を見て、ことりは苦笑した。
「今度は、木の葉も選ばれたでしょ。それに、手乗り文鳥や、手乗り十姉妹なんかだと懐いてくれるんじゃない?僕たちを救ってくれたのは、ピットかもしれない」
「……一時間たえろって、どういう意味だ?」
木の葉が聞くと、ことりは続けた。
「あと一時間っていうのは、日が暮れると、カラスは鳴かないからだよ。夜に鳴く時は意味がある、普通は鳴かない。カラスさえ鎮まれば、闇で影は動かない。完全な闇は、動かない影だ!それに、カラスがいてもいなくても、月光は日光より遥かに弱い。照る範囲も狭まるし、樹高を考えると、地表まで届かない」
木の葉も納得して頷いた。
「夕焼け小焼けで日が暮れて、か。西野小は校歌がねえから、かわりに覚えるんだぜ。謎だけど、俺は、奉公屋絡みだと踏んでる。カラスと一緒に帰りたくねえけどな」
この話を聞いて、ことりも不思議に思った。
「校歌のかわりに童謡を歌うの?変わった学校だね。僕、さっさと、お山に帰って欲しい。どの山に帰るか知らないけど。とにかく、日が沈めば、森は静まり返る筈だよ。樹々が暗闇に溶け込むから」
ことりが、化けヤシたちをそっちのけで話している間、化けヤシたちも、ひそひそと小声で話し合っていた。彼らは仲の良いきょうだいだった。
長男はせっかちで、長女は手厳しい。
次女は怒ると怖いが、普段はおっとりした性格だ。
次男は悪戯好きで、末っ子は恐がりだった。
ことりが天を見上げ、地に目を向け、木の葉に自説を持ち出したのを聞いて、化けヤシたちはドキンとした。長男ヤシが、ことりを睨め付けた。
「腹立たしい小僧め!どうも気付いたようだ、あいつは何者だ?大人も分からぬカラクリぞ!」
長女ヤシは、兄ヤシと違って冷静だった。
「初めて見る顔ね。本当に見抜いたのかしら。決めつけるのは早いでしょう」
妹ヤシは、どぎまぎして姉ヤシを見た。
「でも、お姉さま、末は悪女の三人組も、早々に気付いたわ。あの子も、賢そう。気付いたって不思議じゃないわ。それに、誰かに似てる。妖怪の子かも……」
「はははっ!馬鹿言うなよ、姉ちゃん!」
深刻な顔を見て、弟ヤシが笑い飛ばした。
「妖怪が転入できるもんか!奉公屋になれるのは、混血児だけだろ?西野小は、奉公屋のガキが通う学校だぜ。人間の血が流れてねえクソガキが、何を思って、どうやって転校できるんだよ!そんな、すげえコネのある親いねえぜ。ありえねえ!」
末っ子ヤシは、話し合いが始まってからずっと、不安そうにチラチラと空を見上げていたが、ついに我慢が出来なくなった。
「兄ちゃん!僕らが止まると、カラスたちが不審がって怒るんじゃない?でも、あの新しい子が本当に妖怪の子供なら、僕ら、赤目守りさまに罰せられるんじゃないかな?妖怪に喧嘩を売るのは御法度だよね」
末っ子の心配するところが、最も正しかったので、きょうだいは悩み始めた。
「その通りだ。火の粉をかぶるのは御免だ」
長男ヤシに同意して、長女ヤシが言った。
「あたくしも嫌です。でも、あの坊やが、本当に妖怪の子供だとしても、まだまだ完全に開花していませんよ。実を蹴った時は、驚きましたけどね。百発百中というわけでは、なかったでしょう?妖怪に生まれても、奉公屋以下の妖力では話にならないでしょう」
「でも、お姉さま、この一件で開花してしまったら?」
妹ヤシは、ことりの横顔を注視した。
恐ろしい妖怪に見えなくもない、そんな気がしてきたのだ。
「猫にもなれば、虎にもなると言うじゃない。いえ、もとが獅子の子か、龍の子か……実をぶつけられたことなんて、かつてなかった。末恐ろしい子だわ!私たちを襲うかもしれない」
それを聞いて、次男ヤシは、花穂をバサッバサッと振った。
「馬鹿馬鹿しい!姉ちゃん、びびんなよ!襲ってきたら、ぶちのめせばいいだろ!」
一ミリも恐れていない兄ヤシを見て、末っ子ヤシが一つ例をあげた。
「でもさ、四十雀のテリトリーから、無傷で出たよ。姉ちゃんの言う通りだよ、あの子、潜在能力も高いよ……大妖怪の子だったら、どうするの?」
妹ヤシと弟ヤシは、長男ヤシと姉ヤシの決断を待った。




