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屋上は暑いだろうから、お花見部の部室へ行くことにした。
学校という公共の社会に、誰からの影響も受けないプライベートな居場所があることってあんまりないだろうなって思う。
のんちゃんと出会ったこと。一緒に暮らしていること。お花見部の彩瀬の前では隠していたこと。そして、最近のんちゃんから別れを切り出され、私が拒否して「ひーちゃん」で居続けたいと思っていることを伝えた。
「希さんが好きなの?」
「好き、なのかなあ」
「好きだったらこんな回りくどい事しなさんなって」
「ごめん」
「謝るなら、光梨に謝って」
諭すように私のしたことを窘める。
彼女の言うことは尤もで、清廉で、公正だ。寸分もズレていない。
バツが悪くて口を瞑んでいると、彩瀬はポンと私の肩を叩いた。
「女同士の恋愛は難しいよね」
叩かれた衝撃で息を吐きだすと、同時に彩瀬もほっとため息をついていた。
ようやく彩瀬の背景に気がついた。
「彩瀬は光梨さんが好きだったんだ」
「うん。愛していたかな」
その言葉には迷いや照れの一つもなかった。
愛する人が亡くなったら、髪型を変えるぐらいで気分が変わるわけがない。
私の知らない白木院光梨が亡くなって、のんちゃんだけでなく彩瀬も、それぞれの想いがあって今に至っている。
「改めて、本当にごめんなさい。だけど」
「だけど?」
「もう少しだけ、ひーちゃんでいさせてほしい」
気持ちの整理をつけたいから、と言おうとした時だった。
バンッと鈍い衝撃音が響いた。
彩瀬は握りこぶしを作って座卓の天板を叩きつけていた。
怒りの表情が悲しげな微笑みに変わり、自嘲するように呟く。
「私が光梨とキスしたことがあるって伝えた時、瞳は私のことが可笑しくて仕方がなかったでしょ」
「そんなつもりは」
「だってそうでしょ!私だけ自分の胸の内を明かしていたのに、あんたの裏には希さんがいて。私と友達じゃなくなってもいいみたいなことも言って!」
「……」
「私には瞳しかいないんだよ。光梨と仲良くなって気づいた。私は人付き合いが苦手で、でも寂しがり屋で、誰かと一緒にいないと苦しくって。でも瞳と一緒にいると、光梨がいなくたって大丈夫だったのに」
お互いに俯いて、しばらくの静寂が包み込む。
授業中に彩瀬が私を助けた一件以来、名前も覚えていないクラスメイトから彩瀬とお近づきになりたいというような要望を言われたことがある。
人は自分の想いを直接その相手に伝えるのは苦手らしい。私もそのクラスメイトも、そしてのんちゃんも。
だけど彩瀬は真っ直ぐで、私にはもったいない程の友達だった。彩瀬と出会うのが、私がひーちゃんになる前だったとしても仲良くなれただろうか。
「ねえ、『ひーちゃん』。あんたが本当の光梨だっていうんなら」
彩瀬が這うようにして私に近づいてくる。その目は血走っていて、思わず後退りしてしまう。だけどすぐに壁に当たって逃げ場がなくなった。
私を見下ろすようにひざ立ちになり、手を壁に突き立てる。追い詰められた私はどうすることもできずただ彩瀬を見つめる。
「私にキスしてよ」
顔と顔の距離が縮まり、前髪が触れる。
そういえば今の私の髪は彩瀬が切ったもんだっけか。
彩瀬は目を開けたまま至近距離で静止し、私の選択を待っていた。
だけど口づけを期待している素振りは微塵もなくて、私を見つめるその目は、私の瞳の奥を覗いていた。ここで本当にキスしたら彼女は更に怒るか悲しむんだろうな。
「わたしは、生まれ変わりたい」
「どうしてそこまで」
言葉では説明できない。何をやってもうまくいかない気がして、何かズレている気がして、私は私が嫌いだった。
今朝、のんちゃんは私が好きだったのんちゃんに戻っていた。だから今度こそ私もひーちゃんになる。
丁度いい。彩瀬には悪いけど、これで吹っ切ることができるのなら利用させてもらう。
瞳を閉じて、首を傾げる。
唇に触れる寸前だった。スッと襖が敷居に擦れる音がしてピシャリと乾いた音を立てて止まった。
誰も来ないはずの部室に現れたのは、のんちゃんだった。
純度百パーセントの驚いた顔をしていた。
「何、してるの」




