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昨晩にさかのぼり、希視点になります。
「私はひーちゃんだもん。ずっとのんちゃんのそばにいるって、前に言ったでしょ」
言葉の意味とは裏腹に、そう告げた瞳の声はわずかに震えていた。
私は瞳の人格を歪めてしまった。
初めて瞳がお花見部に来た時、軽はずみで「妹になってほしい」と言ったばかりに、一人の女の子に取り返しのつかないことをしてしまった。
瞳は床に伏せている私の隣に寝そべり、手を重ねてきた。
「もう寝よっか。おやすみのんちゃん」
彼女の指が私の指に絡まる。瞳の肌に触れると胸が熱くなる。
罪悪感と、それ以上の感情が意識を支配してしまう。
私は瞳を傷つけ、あまつさえ、彼女を好きになってしまった。それも特別に。
少なくとも光梨に深森彩瀬という友達ができるまでは、私にとって光梨は大切な家族で、決して私のそばから離れることのない唯一の存在だった。そういう風に母に教えつけられた。それが当たり前で、光梨は私を構成する一部で、光梨にとっての私も同じだと思っていた。
だけど、瞳はどこまでも他人だった。
瞳がひーちゃんとして振る舞っていてもそれは紛い物で、私がのんちゃんとして振る舞えば振る舞うほど光梨とのズレが大きくなっていった。
年齢が私の一つ下であること。性別が女であること。これは共通している。
髪型は光梨と同じようにしたけど、瞳はわずかに毛先が外にはねる癖がある。色も私や光梨は青みがかって見えるほど真っ黒なのに対して、瞳のは少し明るい。
瞳の両親は彼女のチャームポイントを生まれてすぐに見抜いていたのだろうか。瞳の目は吸い込まれそうなほどに黒くて真ん丸な宝石のようだった。
声を聞くと心がぽかぽかと暖められている気がした。
背は私や光梨より高くて、おんぶや抱っこはいつまでもしてくれた。
朝は必ず起こしてくれた。料理が上手で三食作ってくれた。私が何も言わなくても他の家事を全てやってくれた。私に手伝いを要求することもなかった。それは少し寂しかったけど。
甘いものが好きで、家にはチョコレートが常備されている。
勉強が嫌いで、お花見部で勉強している時はまるで砂を噛んでいるような顔をしていてた。
瞳は自分に自信がない。そのくせ負けず嫌いだった。私がちょっかいをかけるとそれ以上の仕返しをしてくる時がある。
正確な時刻は分からないけど、数時間は経っただろうか。
私はずっと眠れないでいた。
「……あっつ」
隣で声がした。瞳が目を覚ましたようだ。暗闇の中で立ち上がってキッチンの方へ姿を消した。
シャワーの音が聞こえる。それから冷蔵庫を開ける音と閉める音。ごくごくと水を飲む音。些細な生活音も、やはり他人は他人で、十数年を共に過ごした光梨のものとは微妙に違う。
瞳がすり足でリビングに戻ってくる。
「のんちゃん、起きてる?」
面と向かっていたら無視する訳にはいかないけど、ひーちゃんに成り切る瞳とは話をしたくなかった。
「希?」
瞳が私の耳元で「のんちゃん」ではなく私の名前を呼んだ。多分初めてだった。
何となくで呼んでみただけかもしれない。寝ている人の前では少し自分をさらけ出したくなる。これは体験談。
瞳が私の元から離れていく。これで終わりかと目を瞑ったまま少し落ち込んでいると、彼女はもう一度私に覆いかぶさってきた。目を開けなくてもその気配と、水気を含んだ他人としての彼女の香りで分かる。
そして私の顔にへばり付いていたの髪を撫でて取り払った。唇や頬が露わになる。
まさか。
「っ」
「!!」
確証はない。だけど、多分、ほぼ間違いなく瞳は私に口づけしようとしていた。
体勢はそのまま、瞳からごくりと喉を鳴らす音がした。
水を飲んだ?
「はぁ、希はできたのにな」
瞳は負けず嫌いだ。私がちょっかいをかけると、それ以上の仕返しをしてくる時がある。なのに自分に自信がない。
彼女の唇が私の唇に触れることはなかった。
整理すると、私がこっそりキスをしたとき、瞳は寝てるふりをしていて、私のしたことはバレていた。
それで怒って、瞳はお花見部で「ひーちゃん」になった。彩瀬さんが見ている前で敢えてそうした。
だけどいざ眠ったままの私を目の前にすると、瞳は「希」と呼んで「あんなこと」をして……
決して声を出してはダメだ。
ひーちゃんではなく瞳が、のんちゃんではなく私にアクションをかけた。もう少しでひーちゃんは瞳に戻るはずだ。
その後は一人の女の子として愛し……
ああうあうあうああっ!




