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もっとひーちゃんらしくなりたい。亡くなった白木院光梨はどんな人だったんだろう。のんちゃんの前だけでなく、のんちゃんの目の届かない場所での立ち振る舞いとか。
例えば、学校の授業は真面目に受けていたのだろうか。
高校に入ってから学業に対する意識が極端に低下した。現在進行形で教師の声が耳に入ってくるけど、まるで頭に換気扇があるかのように入ったそばから外に出ていく。
何で勉強をしなくちゃいけないのか分からない。その謎を解明する気力も起きなかった。
今はただ、のんちゃんに夢中だ。
窓の外を見ると今日も夏の青空が広がっていた。
今日は、いや正確にはこの四時間目になってから、やけにセミの鳴き声が私の頭に響く。最後の鳴き様を聞いてくれと言わんばかりに。
私の前の席には彩瀬がいる。彩瀬も頬杖をついて外を眺めていた。教室の窓側左隅、ひっそりと佇む私たちは、クラス行事にも授業にも関心がない変わり者同士だ。きっと友達にならなくても、クラスの端という位置に変わりはなかっただろう、そう思っていた。
授業の中盤、これまでで一番大きなセミの鳴き声が頭の中で響く。何事かと今一度左上方に目をやった時だった。
「きゃあ!」
開けられた窓から、茶色い羽根を広げた蛾が侵入してきた。通常のものより明らかに大きなそれは、鼻先を掠め、そのまま眼前に留まる。
驚きと恐怖で悲鳴を上げたのは私だった。教室中の注目が私に集まる。目の前でひらひらとちらつく不気味な羽模様と同じぐらいに、クラスメイトと教師の視線が怖い。
にわかにざわついて授業がストップし、やがて静寂が訪れる。ぎゅっと目をつぶって蛾がいなくなるのを待つ。誰もが蛾の動向を見守っている最中、たった一人声を上げた。
「瞳!そのままじっとして!」
彩瀬だった。言われた通り目をつぶったまま固まる。蛾の羽が前髪を撫でて気持ちが悪い。早くこの時が終わってほしい。
わずか数秒後の出来事だった。わっと、クラス中で拍手と歓声が上がる。
目を開けると、立ち上がった彩瀬が窓の外に何かを放り投げた格好をしていた。
「瞳、大丈夫?」
彩瀬は蛾を素手で捕まえて追い払った後、すぐさま私に心配の言葉をかけた。
クラスの誰かが言った。
「王子様みたい」
教師の咳払いで授業が再開されるまでの間、彩瀬の功績を称える声がいくつも上がった。
四時間目が終わった瞬間、前の席には軽い人だかりができていた。女子数名の妙にかん高い声が聞こえる。
『深森さんかっこよかったよ』
『今まで怖い人だと思っててごめんね』
『追い払ってくれてありがとう』
私の代わりにお礼を言い出す人もいた。
彩瀬は軽く笑って受け流す。半ば無理やり携帯の連絡先を交換させられたところでようやく解放された。
昼食はいつも通り私の席に二人分のお弁当を置いて、向かい合って食べる。彩瀬が連れて行かれなくてよかった。
よかった?
「さっきはありがと、王子様」
「どういたしましてお姫様。怖がってるところ、ちょっと可愛かった」
真正面から言われると、友達とはいえ結構照れる。
「あの人たちの所に行ってもよかったのに」
教室の真ん中には、先ほど彩瀬のもとに来ていた女子が男子と合流して、それはもうキラキラと眩しいほどに高校生の昼休みを満喫していた。彼らの笑い声はいつもなら授業中の教師のようにシャットダウンされるのに、今日に限っては、四時間目のセミのようにミンミンと頭を刺激する。
「勘弁してよ。私はここがいいの」
「別に私は……」
私にはのんちゃんだけが居ればいい。だってひーちゃんだもの。
ひーちゃんの、つまり白木院光梨の友達といえば、彩瀬?
「瞳?」
「彩瀬の友達って私以外にいる?」
答えは知っている。だから聞いた。
「今は、瞳だけかな」
今は、の部分の口調が私の思っていたより強い。それだけ彩瀬の中の光梨の存在が大きいということ。
「前の友達は、光梨さん?」
「そうだよ」
「仲よかった?」
「うん。キスもしたし」
キス。え、女同士。ひーちゃんはのんちゃんの家族で、二人で依存し合ってるはずの存在で、……え?




