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キス。え、女同士。ひーちゃんはのんちゃんの家族で、二人で依存し合ってるはずの存在で、え?
「え」
「何でこんな爆弾発言したと思う?」
首が痛くなるほど縦に大きく素早く振る。何がどうなってキスまで行ったのか聞きたい。だけど、彼女の意図はそっちではなくて。
「こんな秘密を言えるのは、瞳だけってこと」
「どういうこと?」
彩瀬は照れくさそうに頭を掻きながら答える。
「だから、しばらくは私は瞳のそばにいるから、そんな寂しそうな顔しなさんなって」
「寂しいって?」
「あーもう。いい?私が、さっきチヤホヤされて、それを見た瞳が寂しそうにしてたから、私は瞳の友達だよって伝えたくて、それで言ったの」
「寂しくないよ、多分」
断言が出来なかった。
「捨てられたネコみたいな顔になってた」
白木院光梨が彩瀬とキスをしたこと。
瞳は彩瀬がいないと寂しくなること。
「くく。あははっ。はははははははは!」
私の知っている、のんちゃんに独り占めされる存在であるはずのひーちゃんこと、白木院光梨。
のんちゃんさえ居れば孤独でも構わないと思っていた新しいひーちゃん。
両方の人格の根底が覆り、笑うしかなくなった。
「なにがおかしいんだよう。別にいいでしょ、キスぐらい」
彩瀬が何か言っているけれど、私は笑い続け、その間自分が自分であることを放棄した。
心の中にいる×××が言った。「ありのままの×××から目を逸らすから、こうなるんだ」
学校からの帰り道。
夕方になっても気温は下がらず、のんちゃんの右手と絡めている手が汗で滑る。
上空では目に見えるスピードで入道雲が登り、間もなく空を覆いつくそうとしていた。夕日でオレンジに色づいていた雲が灰色に沈んでいく。夕立が来るかもしれない。
「のんちゃん急ごっか。雨が降りそう」
「ん」
決して手を離さないよう速足で歩くのんちゃんについて行く。
小柄な彼女の腰まで届くほどの黒髪がわずかに揺れる。折れてしまいそうな細い体躯はそのままだけど、私と出会った頃に比べると髪や肌の艶は遥かに良くなった。私と同居して生活のサイクルが整ったからだろう。
ノーメイクでも長いまつげや白い肌。モデルや女優をしていてもおかしくないと思う。そういえばお花見部のゴミ箱に封の開けられていない手紙が捨てられていたことがある。お花見部に遅れてやって来た日も何度かあった。
そんな彼女は私の誇りで、ずっとそばにいたくて、現にそれが叶っている。
ところで、白木院光梨が深森彩瀬とキスをしたらしい。
事実なのは間違いないと思う。彩瀬が嘘をつくとは考えられなかった。
のんちゃんはこのことを知っているのだろうか。
知らないんじゃないかと思う、おそらく。
普段ののんちゃんとの会話で「キス」や「恋人」といった言葉が出た覚えはない。
それにのんちゃんは、ひーちゃんに親しい友達がいるというだけで怒って暴力まで振るう。
『下の名前で呼び合う友達がいるなんて、そんなの嫌だ。私を一人にしないで』
彩瀬をお花見部に連れてきた日のことを思い出す。のんちゃんのひーちゃんへの愛が伝わり、痛かったけど、あの瞬間は心地の良さも感じてしまった。
気を失う寸前に見た彼女の泣きそうな顔は、儚くて、魅力的で、放っておけなくて、一緒にいたいという原動力にもなっていて。
もしもひーちゃんに恋人など居ようものなら、嫉妬したのんちゃんは何をするのだろう。とめどない暴力の行きつく先は……
点と点が繋がりそうになったその時、ポタリと私の二の腕に水滴が落ちた。見上げる間もなく次々に雨粒が降り注ぐ。
「ひゃあ!急いでひーちゃん!」
「待ってよ!」
ほんのわずかな黒い予感は、激しいにわか雨が洗い流してくれた。




