-33-
時系列は現在に戻ります。
―――
「私、寝てたんだ」
いつの間にか寝てしまって、過去の夢を見ていたらしい。
「希さんが居眠りなんて珍しいですね」
「白木院さん、おはようございます」
「ひーちゃ、じゃなくて、瞳さん、彩瀬さんも、おはよ」
今は部活動の時間で、部屋の中には後輩がふたり。
一人は深森彩瀬さん。もう一人の後輩の紹介で入部した子。背が高く、ショートヘアは明るく染まっており垢抜けた印象を受ける。学校の隅でひっそりとしているお花見部という居場所で窮屈ではないだろうかと少し気にかかる。
もう一人は藤原瞳さん。とある事情があって私と一緒に暮らしている。少し前に切った髪は少しずつ伸びてきて、ミディアムショートの毛先は肩につく寸前だ。
ちょうど光梨が亡くなった時と同じで、もしこれ以上伸びてしまったら、生前のひーちゃんと今のひーちゃんとの共通項がひとつ無くなってしまう。
梅雨が明け、季節は夏の真っただ中。瞳さんと暮らし始めて一か月と半月が経とうとしていた。
閉められた窓を貫通して、セミの鳴き声と運動部の掛け声が聞こえてくる。一定の周期で扇風機から送られる風が体に当たり、寝起きで火照った体を冷ましている。自宅では電気代のかかるエアコンはほとんどつけないけど、学校だとつけ放題だ。
夏は暑いものだとしか思っていなかったから、季節外れの冷気が体に直撃すると、体が混乱して頭が痛くなる。立ち上がろうとしたけど体が重くて、再び横になってしまった。
瞳さんはそんな私を見て、声をかける。
「温かいお茶淹れてきますね」
「ありがと、瞳さん」
すると彩瀬さんも立ち上がり、瞳さんと腕を組んでキッチンの方へ姿を消した。
「ひーちゃんとだけ一緒にいたいのになあ」
二人には聞こえない声量で呟く。
私と同居している藤原瞳さんには、私の無茶なお願いを聞いてもらっている。
そのお願いとは、瞳さんに、亡くなった私の妹「ひーちゃん」になってほしいというもの。
『「もう限界なの!ひーちゃんは!!妹は、生きてる。まだ死んでない!!!」
「っっ」
「代わりでも紛い物でもいい!ひーちゃんがほしい!!ねえ!なってよ、ひーちゃんになって、なってなってなって!!!」』
あの日から瞳さんは「ひーちゃん」として私のそばにいる。彼女にどんな真意があるのかはまだわからない。
「お茶、入りました」
二人きりではない場所だと、私たちは姉妹から他人になる。この歪な関係はいつまで続くのだろう。
「ありがとう。いただきます、あちっ」
「大丈夫っ、のん……白木院さん?」
目が合うと、瞳さんは彩瀬さんには見えないよう、ベロを出してウインクした。さっき私がひーちゃんと言いそうになったお返しらしい。
「……大丈夫だよ、ありがと」
「何ですか今の間、怪しいなあ」
続けて彩瀬さんがからかってくる。
季節が巡るのと共に、少しずつ三人での会話が増えた。
最初はひーちゃんだけに目を向けて彩瀬さんのことは眼中になく、進んで会話もしなかった。だけど彩瀬さんが瞳さんと楽しそうに話すのを見て、考えが変わった。
ひーちゃんが瞳さんでいる時も、私が彼女にとっての一番でありたいと思った。
のんちゃんとしてではなく希として、ひーちゃんでなく瞳さんに私を見てほしい。
お花見部で過ごす時間が積もれば積もるほど、ひーちゃんと瞳さんのギャップが大きくなる。瞳さんをひーちゃんに見立てることができない。
『「私はどんなのんちゃんに何をされても絶対に離れない。だから……ずっと私だけを見ていて」』
この告白が決定打だった。
やっぱり、そろそろ潮時だ。本当に瞳さんには申し訳ないけど、この歪んだ姉妹関係は解消しよう。
今度こそ大好きな妹を壊してしまわない内に。
ひーちゃんは、白木院光梨は……私が殺した。




