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引き続き、希の回想です。
一日や二日は食事をしなくても生きていける。私もひーちゃんも経験積みだ。だから今回も数日で母が帰ってくると思っていた。
調味料を水で溶いて体に流し込む。
「のんちゃん、もうすぐ夏休みだね」
「だね」
長期休暇は嫌いだ。外に出られないから。母といる時間が増えるから。学校という刺激がなくなり、視界がぼやけ、ひーちゃん以外の物は全て灰色に染まってしまう。
学校に行っていた日常を思い出す。季節は夏。ひーちゃんと二人で玄関を出ると、強い朝陽がまず目に入って、眩しさが収まるころに世界が色づいていく。押しつぶされるような青空、風に揺れる緑の葉っぱ、カラカラに乾いた舗装されていない土の歩道。木々の隙間から陽の光が反射し、暖かな白が目を覆う。
郊外よりも少し山間にある私たちの家から街にある学校へ近づくにつれて、景色が移り行く。ひーちゃんと二人で歩くと、新世界に飛び出してきたような気持ちになる。ひーちゃんが入学してからの五年間は毎日が冒険だった。
「友達に会いたいな」
「ひーちゃんは人気者だよね」
「そうなのかな」
下校するときに私がひーちゃんの教室へ迎えに行くと、必ず誰かの輪の中にいた。私はひーちゃんさえいればいいから、クラスでは一人でいることの方が多い。
中学に入ったら、ひーちゃんが友達と遊ぶ隙を与えないようにしようと思っている。具体的な方法はまだ見つかっていないけど、母のようなやり方は遠慮したい。だけど対案が浮かばない。またお腹が満たされたときにでも考えよう。
「ひーちゃんの友達は、私たちの家の場所は知ってるの」
「多分知らないと思う」
うちに友達が来たのは、私たちが低学年の時に数えるほどだった。そんなことを思い出していると、ふと頭に浮かんだことがあった。
「もし母さんが帰ってこなくても、学校の先生かクラスの人が心配して来てくれると思ったけどさ」
そこまで言って、ひーちゃんも気づいたようだ。
「「もうすぐ夏休み」」
お互いに顔を見合わせて、現状の危うさを共通認識する。ひーちゃんの目は大きく開いて、口は半分だけ開いている。多分私もまったく同じ顔になっている。
このまま夏休みに入ったら、私たちが閉じ込められていることに気づく人がいなくなるのではないか。
すぐさまカレンダーを確認する。ずっと家にいたから感覚が麻痺していた。指折りで日付を数えると、終業式は明日に迫っていた。
どこか安心していた心の支えが、融けてなくなった。暑さ以外を由来としている汗がこめかみを伝って流れていく。
「どうして、もう、こんな目に……」
「ねえ、のんちゃん」
弱音を吐いたのは久しぶりだった。精神的に追い詰められ、泣きそうになるのを我慢するので精いっぱいだ。
一方で、ひーちゃんは、光梨は私の手を握って凛と声を上げた。
「生き抜こう。何があっても、二人で乗り越えよう」
「……」
「人間は水さえあれば何週間かは生きることができるんだって。私たち二人でなら絶対大丈夫だよ」
気丈に振る舞っていた頃だったら、「大丈夫」の根拠がないことに不満を漏らしていただろう。だけど、今の私にとってひーちゃんの言葉は救いだった。守るだけの存在じゃないと気がついた。
だから、この希望の光は誰にも渡したくないと思った。
エネルギーを節約するため、朝晩問わずとにかく眠れるときは眠った。
やがて力が入らなくなると、二人で抱き合うようにして横になった。
食べていないから体重は減ったはずなのに体が重い。夏なのに体が密着しても熱くない。
「…………」
「…………頑張れ」
餓死するかもしれないという危機感は二人で乗り越えた。
空腹と闘い続けて、少なくとも二週間は経っていた。
ここしばらくはカレンダーに印をつける気力もなくなって、正確な日付がわからない。
生命を残すための最後の安全装置が働いたのだろうか、朦朧とした意識が更にフェードアウトし、完全に気を失った。
―――
気がつくと真っ白な部屋の真っ白なベッドに寝かされて、腕に刺されたチューブから水が流れ込んでいた。
「のんちゃん、生きてる?」
「生きてる、生きてるよ」
難しい漢字が並んだ名札を提げたスーツの人たちが私たちの状況とかいきさつとかせつめいして、わたしたちのくらすひーちゃんいえがかわってひーちゃんさとおやというひとがめんどうをみてくれてひーちゃんひーちゃんひーちゃん。




