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目が覚めると、一番にのんちゃんの顔が目に入った。直後に彩瀬の顔も。私と目が合うと、二人とも心配そうな表情から安堵の表情に変わった。
「瞳さん!」
「瞳、大丈夫?」
「なんとかっ、ゴホッ」
のんちゃんが建てた説明では、私は立ち眩みでバランスを崩し、座卓の角に頭をぶつけて意識を失ったということらしい。あと、倒れてからまだ五分も経っていないとのことだった。
二人のすぐそばには養護教諭と思しき中年の女性が控えていた。意識を調べるための質問をいくつか出し、下校時刻までそのまま横になっておくよう指示して、部屋から出ていった。
氷の入った袋が二つ、私の頭を挟むようにして置かれている。頭の熱は和らいでいくけど、胴体はそのままだから、じんじんと痛みを訴えていて、顔をしかめてしまう。
「瞳さん、今日はタクシーで帰ろう」
「私もついて行きます」
彩瀬はいいよ。ごめんね。
「彩瀬さんはいいよ。遅くなるし、瞳さんの家は私は知っているから」
「でも……」
「彩瀬、ありがと。また明日」
―――
まとまったお金を自分の口座から引き落としておいてよかった。のんちゃんの財布には数百円しか入ってなくて、タクシーから降りる時に、自分が料金を支払わないとまずいと少し焦った。
のんちゃんに鍵を開けてもらい、先に私が入る。
「ただいまひーちゃん」
「おかえりのんちゃん」
内側からも鍵をかけて、その鍵を南京錠の付いた小箱に入れる。
ギリギリだった生活環境は、この二日で少しは良くなった。衣類と食材を買い足し、その他二人分の生活必需品を揃えていっている。もう少ししたら新生活の始まりを楽しむ余裕も生まれそうだ。
母からの許可も得た。のんちゃんを私の家に連れて行き、ルームシェアをしたいと直談判した。母はさすがに面を食らっていたけど、のんちゃんに家族がいないことを伝え、たまに連絡は取るという条件で説得した。そして、晴れて私は家から出ることができた。たまに連絡すると言ったけど、どうだろうか。のんちゃんとの暮らしの中で母が恋しくなる日は来るのだろうか。
部屋に入ってすぐ、のんちゃんは私を抱きしめた。というか抱き着かれた。
母のことは頭から消え、先ほど殴られた私の胴体が悲鳴をあげる。
「疲れたみゃあ」
「いてて。ねえ、のんちゃん」
「なん?」
「私を叩くときは、もうちょっと優しくしてほしいな」
のんちゃんだって叩くのにエネルギーを使ってしまう。ただでさえ栄養失調気味なんだから、お互いに体は大切にしよう。軽い気持ちで放った言葉だった。
「あっ」
しかし、のんちゃんはすぐさま私から距離を取った。さっきまで肌で感じていた温もりが消えて、痛みだけが私の体に残る。
明らかに、何かを思い出した表情をしていた。
「…………ごめんなさい」
少しだけ、その少しだけの間が、のんちゃんは今日の出来事を振り返っただけじゃなくて、もっと昔の記憶を掘り起こしていることを私に予感させた。




