第百九話「驚異の目覚め」
何が起こったのか分からず全員の動きがかたまってしまう。何をどうすればよいのか、全員が逡巡する。
一瞬の静寂を破ったのはエルワンであった。
「全員で全力攻撃をっ! ベルさんとアンディックさんは防御を頼みます!」
その叫びに全員が、自分たちは冒険者だと思い出す。
「店の経営が大変のよっ。この営業妨害野郎がっ!」
間髪入れず反応したのはセシリアだった。いきなり魔力最大の矢を放ったのだ。
性格の資質であるが、神器の力はもう少し後にしておけと、ベルナールはその後始末を考える。アンディックも余波に備える障壁を張った。
「どうかしら?」
セシリアの勝手なドヤ顔を、魔力爆発を食い止めている煌めきが照らしていた。
「無茶しやがって……」
「早く終わらせるのが街のためじゃないの」
「でもないですよ……」
神器の力は健在あった。しかし――、透明な殻の卵もまた健在のままだ。
「何よ、あれは? ムカツクわね!」
「俺たちがやってやるぜ」
ここは見せ場とばかりに、デフロットたちが魔撃と魔法攻撃を始める。
「私たちもやりますっ!」
「よ、よしっ!」
アレクの叫びと共にデフロットも我に返った。結果はどうであれ、ここは攻撃を加えるしかない。
「ホーリーナイツここにありだ。後れをとるなよ」
「言われなくたってっ!」
アルマとオーウェンなりの戦いが、そこにはあった。
ベルナールは防御を続けながら事態の深刻さを忘れて、若者たちを見守る。聖剣ディアロンドは網の目のような閃光を発していた。ここは防御に徹する。
「どうする?」
この状況を長く続けたとしても、ことは好転しないであろう。ベルナールは傍らを見る。
「さて、次の一手が思い浮かびませんね。聖弓ディアメネシスのあれが防がれるなんて――」
アンディックがかざす、聖剣ディアアークスは光の粒を吐き出して網の目を塞いでいる。
セシリアは全力を出していた。あれが防がれたのだ。
「――どうしたものか……」
「次は相手が打つだろう。計画していたんだからな」
こちらが仕掛けるとすれば相手の出方しだいである。そしてベルナールはここ最近の出来事を思い出した。
「こちらにも奥の手があるぞ」
「それは心強い」
「……たぶん」
「心細くなりましたよ」
二人は防御を続けながら、世間話でもするように話を続けていた。
「俺たちなんて、いつまでもそんなモンだよ」
「ははっ、確かに。実は――」
行き当たりばったり、思いつくままに好き勝手に生きていた。そして今もこうして戦っている。ベルナールの生き方など、命果てるまでこれが続くだけだ。
「――今度婚約するのですよ」
「あはは、それはめでたい!」
場違いであり、突然の報告である。アンディックの照れた表情など、ベルナールは久しぶりに見た。
「このたび辺境伯の称号を頂けることになりましね」
「いよいよお前さんも貴族かあ……」
「領地ももらえることになりまして……」
「ほー、そりゃ凄い!」
貴族にしても子孫が絶える場合があり、相続されない領地が発生する。そんな土地が新しく貴族になった者に与えられるのだ。
「いえ、三等級の辺境伯ですから。この街の近くに少しの土地、そして隣接場所に新規開拓を申請しましたよ」
「そうか!」
「シャングリラの隣、南東側ですね。安全地帯だと確認済みです」
アンディックは端整な顔に微笑を浮かべた。
「こいつめ。上手くやりやがった。俺も年を食ったらシャングリラに骨を埋めるさ……」
「もう戦いに明け暮れる歳でもないだろうと、王様に叱られましてね。若い連中も育ってきてくれました」
「そうだな……」
ベルナールは必死の攻撃を繰り出す若者たちの姿を見た。
「我ら優勢ではないですか?」
エルワンが後ろから声をかけて話を戻す。責任者として一進一退の展開は、さぞや心臓に悪いであろう。
結婚や老後の心配など、あとで存分にやって欲しいと思っているはずだ。
「いや、あいつは力を抑えている。次が来るぞ」
巨大ホールに地鳴りが響く。魔境全体が揺れ、ベルナールたちの頭上に小石が落ちてきた。いよい次の仕掛けが始まる。
「引けっ!」
魔力による魔境大解放の仕掛けが再び発動したのだ。全員が攻撃を中断し、巨大ホールの入り口に引き返す。横穴に入って落石を避ける。
「このままあの卵が埋まって、封印されてしまえば良いのですが……」
「そうそう上手くはいかんだろう。見ろ」
大小の岩が降り注ぐが、卵の光は直撃する岩を弾き砕く。破片がこちらにも飛んできて、皆で障壁を作りそれを防いだ。
「あれは魔物ですよね?」
「ああ、地上にあがるための出口を、自ら作ろうとしているのさ」
エルワンはゴクリと唾を飲み込む。ゴーストが新たな魔境大解放まで起こし仕掛けた切り札。戦いは最終章を迎えつつある。
「心配するな。ここにどんな奴らがそろっていると思ってるんだ?」
「勇者の皆さんは余裕でしょうけど、私はしがない中間管理職ですから」
「俺たちにも余裕なんてないさ。ただ、心配しても事態は好転しないからな。まあ、見ていろ」
「はあ……」
ベルナールとて何度も生死の極地を体験し、そして生き残ってきた。
ポッカリと天井が開口し、太陽の光が薄暗い開口の底を照らした。卵の上部が更に開き、溢れ出た魔力が更に殻を押し開く。それは黒い二翼のようであった。
形が定まらないまま、転げ落ちるように透明な卵から出た未知の魔物は、まるでスライムのように光に向かって移動する。
全員が固唾を飲んで状況を見守った。太陽の光を受けて、それは黒から卵の殻と同じ透明な粘体に変化する。そして翼はより翼らしく変化した。
「こいつがゴーストたちの目的だったのか……」
「これを……目覚めさせる、ですね……。それにしても――」
エルワンの声は少しうわずっていた。
「ああ、それにしてもこんな所でお目に掛かれるとはな……」
ベルナールも内から湧き上がる衝動で、ブルリと体を震わせる。
「SSS級のドラゴン!」
伝説とは得てして真実である。ベルナールたちの眼前には今、世界の真実があった。




