(4)周囲の困惑
挙式と披露宴の翌日。リュシオンは予定通り、王都へ帰還することになった。
「それでは姉上。健やかにお過ごしください。王都からあなたの幸せを祈っております」
「ありがとうございます。王太子殿下、道中お気をつけてお帰りください」
「姉上?」
やんわりと含み笑いを浮かべるリュシオンに、セーラは笑みを深めながら言い直した。
「そうですね。それではリュシオン、道中気をつけて。王妃様にはお約束した通り、毎月お手紙を書くと伝えてください」
「ええ。とても素敵な結婚式だったことも含めて、きちんと母上にご報告しますよ」
最後にセーラと握手してから、リュシオンは馬車に乗り込み、随行者と共に城を離れていった。それを見送ったセーラは笑顔で振り返り、背後に佇んでいたアニーに声をかける。
「殿下もお帰りになったし、今日から早速始めましょうか」
「そうですね。それでは部屋に戻って着替えをしましょう」
「分かったわ」
前日からセーラ付きとなった侍女のヘレナは、そんな二人のやり取りに首を傾げながら、控えめに尋ねた。
「あの……。奥様は、今日は特に予定はなかったと思っていたのですが。何かあるのでしょうか?」
するとセーラは、笑って首を振った。
「いいえ。公の行事などは、特に予定されていないわ。個人的にしたいことをするだけだから」
「そうでございますか」
ヘレナはまだ釈然としなかったが、ここでセーラがアニーに向き直った。
「ところで、アニー。場所は大丈夫かしら?」
「はい。管理担当の方に、昨日のうちに使用許可をいただいておきましたので、問題ありません」
「それならよかったわ」
そこで二人は言葉を交わしながら、セーラの部屋へ向かって歩き出した。ヘレナは余計な口を挟まず、おとなしく二人の後に続く。
(最初から根掘り葉掘り尋ねたりしたら、鬱陶しがられて遠ざけられるかもしれないもの。そうなると、ご領主様からの指示通り、奥様たちの様子を探るのに支障が出るかもしれないし。それにしても、着替えって何? 許可なしに、外出でもするつもり? それなら早めに連絡しないといけないけど)
ヘレナは不審に思いながらも、自分の役目を果たすため、慎重にセーラたちの様子を窺っていた。
※※※
セーラとともにリュシオンの出立を見送ってから、コンラートは会議室に補佐官や書記官、騎士団の主だった面々を集めた。辺境伯領での内政及び軍事を司る幹部を召集したことで、全員が緊張の面持ちでコンラートの第一声を待つ。そのコンラートは、席に着いた全員を見回してから、重々しい口調で告げた。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。ローランド村のジャストがグラウルと通じている可能性があるので、即刻、内密に調査してほしい」
その台詞を耳にした途端、居並ぶ家臣たちが一斉に顔色を変えた。
「何ですって!」
「コンラート様、それは確かな話ですか!?」
「何か、れっきとした証拠でもあるのですか!?」
辺境伯領内でも、ローランド村は隣国テーランとは国境を接している地域の一つであった。必然的に、防衛にも侵攻にも重要な拠点となり得る場所だが、そこの管理者が、国境を挟んで隣接する地を治めているテーランの貴族と通じているとあっては、一大事である。
当然、部下たちは血相を変えて主君に詳細な説明を求めたが、当のコンラートは、居心地悪そうに視線を逸らしながら告げた。
「いや……明確な証拠はない。勘だ」
「……あのですね」
予想外の主君の反応に、家臣たちは思わず脱力した。特に騎士団団長のマグヌスは、呆れ気味に反論しようとする。しかし彼らの反応を無理のないことだと理解していたコンラートは、恐縮気味に言葉を継いだ。
「ああ。お前たちの言いたいことは、よく分かっている。私自身、無茶な話だと思う。思うのだが……念のため、調べてほしいのだ。真実であれば、事は急を要するのでな。何もなければ、それでよいと思っている。申し訳ないが、この通りだ」
「…………」
主君に真摯な面持ちで頭を下げられた面々は、戸惑った顔を見合わせた。しかし気まずい沈黙は、それほど長くは続かなかった。
「分かりました。それでは早急に、かつ、内密に調べてみましょう」
「確かに、真実だった場合は大事ですからね」
「念のため、その場合の対策も考えておきましょうか」
気を取り直した家臣たちは、コンラート以上に真剣な顔つきで、調査の段取りや対応策についての議論を始める。それを目にしたコンラートは、不確かな情報で振り回して申し訳ないという思い以上に、部下たちの頼もしさを改めて感じていた。
さほど時間を要さずに打ち合わせを済ませ、コンラートが話を終えて解散しようとした時、控えめにドアがノックされ、廊下で立哨していた騎士が伺いを立ててきた。
「失礼します。奥様付きの侍女が来ていますが、今、入室させても大丈夫ですか?」
「ちょうど話が終わったところだ。構わない」
「分かりました」
早速、何か報告に来たのかと、コンラートは半ば呆れながら指示を出した。すると騎士がドアの向こうへ姿を消すのと入れ替わりに、ヘレナが一礼して入室してくる。
「失礼します」
「どうかしたのか? あの女が、何か問題でも起こしたか?」
素っ気なく尋ねるコンラートを眺めながら、他の者たちは何事かと聞き耳を立てた。すると、ヘレナが困惑しきった様子で口を開く。
「いいえ。問題というか、わけの分からないことをなさっておりますので、一応、報告に参りました」
「何をしているというんだ?」
「腕立て伏せです」
「は? 今、なんと言った?」
「ですから、城内の鍛錬場で、奥様とアニーさんが、二人で腕立て伏せをしております」
「…………」
ヘレナの報告に、コンラートはもちろん、その場にいた全員が無言で固まった。そして、報告を済ませたセレナは、あっさり立ち去ろうとした。
「それでは、私は奥様の私室で、お二人が戻られるまで待機しますので、これで失礼します」
そう言って踵を返したヘレナの背中に、マグヌスが怒声を浴びせた。
「ちょっと待て! どうして辺境伯夫人が、鍛錬場で腕立て伏せなんかするんだ!」
「そんなこと言われたって、私にも分かりませんよ! 自分で聞いてください!」
ヘレナが怒鳴り返したところで、コンラートがうんざりしたように片手を振りながら両者に言い聞かせる。
「もういい、放っておけ。特に害はないのだろう? 胡散臭い女だと思ったら、変なことをする女だったらしいな。お前はそのまま、監視を続けていればいい。よろしく頼む」
「畏まりました」
「マグヌスも気にするな」
「そう言われましても……」
ヘレナは冷静にその場を立ち去ったが、それとは対照的に、大問題発覚かと緊張した直後に、セーラの奇行を知らされたマグヌスは、疲労感を滲ませた顔つきでコンラートの顔を眺めたのだった。




