(3)わだかまりと疑惑
コンラートとセーラの結婚式は、予定通り城下の教会で執り行われた。
慎ましやかといえば聞こえはいいものの、新郎側の出席者は、息子のレオナルド以外には、親族が数名と、数えるほどの家臣だけである。新婦側の出席者に至っては、王太子であるリュシオンだけだった。レオナルドは子ども心にもこれでいいのだろうかと思ったものの、結婚式はあっさりと終わった。
「こぢんまりとして、なかなか良い挙式でしたね。父上と母上に、良い報告ができそうです」
終了後、リュシオンが笑顔で皮肉らしき言葉を口にしたが、コンラートはそれを綺麗に無視して彼らを促した。そして、来たときと同様に馬車に分乗し、城へ向かった。
「あの、父上? こういう場合、新郎新婦である父上とセーラ様が、一緒の馬車に乗るべきではないでしょうか? 端から見たら変に思われませんか?」
「…………」
馬車で二人きりになった途端、コンラートは息子から大真面目に問われた。しかし、初対面で不穏な忠告を受けたこともあり、セーラに対する警戒心が払拭できていなかった彼は、無言で窓の外に視線を向けた。
「父上。さすがにセーラ様が、気の毒だと思うのですが……」
「王太子と一緒に、平然と馬車に乗っていたようだがな」
「それはそうですが……」
「あんな得体の知れない女に、あまり気を許すなよ?」
「得体が知れないって……」
窓の外に視線を向けたまま、面白くなさそうに厳命してきた父を、レオナルドは困ったような顔で眺めた。
そのまま何事もなく城に戻り、コンラートは普段着に着替えてから執務室に向かった。そこには突発事項に備えて結婚式に参加せず、城内で待機していた者たちが顔を揃えており、主君の姿を認めると、椅子から立ち上がって頭を下げた。
「お帰りなさいませ。お式はどうでしたか?」
「問題なく終わった」
「そういう意味ではないのですが……」
側近のダレンは溜め息交じりに応じたが、コンラートは時間を無駄にせず続ける。
「ところで、報告はあるか?」
それに、ダレンは表情を引き締めながら報告した。
「ダーウィンが、横領を自白しました。裏帳簿を押さえて反論など不可能でしたから、早々に諦めたようです」
「そうか……」
どこか面白くなさそうな顔で頷いたコンラートに、ダレンが心底不思議そうに尋ねる。
「それにしても、どうしてあいつが怪しいと目星をつけたのですか? これまで完璧に隠蔽されていて、私自身、なぜ念入りに調べろと指示されたのか、不思議に思っておりましたのに」
「…………勘だ」
「本当ですか?」
「そういうことにしておいてくれ」
不機嫌そうな主君の台詞に、ダレンはそれ以上余計なことを言わずに話題を変えた。
「分かりました。それでは、他の報告に移ります」
それからダレンは、次々と報告していったが、その合間に主君が無意識に「偶然、勘……のはずだ」などと、小さく呟いていたことには気づかなかった。
※※※
同日夕刻、城の大広間で結婚披露宴が執り行われ、辺境伯領のあちこちから客が集まっていた。
「ご領主様、奥様。ご結婚おめでとうございます」
「今日は、わざわざ祝いに来てくれてありがとう」
「噂を伺っていましたが、想像以上に美しい奥様で驚きました。ご領主様とレオナルド様のためにも、よかったですわね」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」
祝宴が始まると、主役の二人のところには招待客が入れ替わり立ち替わり訪れ、祝いの言葉と挨拶を交わしていた。コンラートはセーラに招待客を紹介しながら、無難に時間を過ごした。
そのうちに人の流れが途切れ、二人の周囲に人がいなくなったタイミングで、セーラが安堵したように口にした。
「皆様、だいたい良い方のようですね。安心いたしました」
それを耳にしたコンラートは、反射的に皮肉っぽく尋ねる。
「ほう? それでは、少しはよくない人間も混ざっていたのか?」
「ええ。何人かは」
「それでは、数少ない、よからぬことを考えていた人間が誰なのか、教えてもらえるか? そいつらの顔からどんなことを読み取ったのか教えてもらえたら、よい暇つぶしになりそうだ。延々と祝辞を聞くのも、そろそろ飽きてきたところなのでな」
それを聞いたセーラは、少しだけ困った顔になりながら、正直に告げた。
「あまり、面白みはないと思いますが。そうですね……あそこにおられる、このお城に出入りしている商人の方、お名前はグリュック様でしたか」
「そうだな。奴がどうかしたか?」
「私を見て『修道院育ちの世間知らずなら、品物の良し悪しなど分からないだろう。安物を持ち込んで高値で売りつければ、ぼろ儲けできるぞ』などと、考えていそうなお顔でしたわね」
「……なるほど。他には?」
この城で辺境伯家相手にぼったくる気なのかと、コンラートはいくらか気分を害した。しかし、この女が勝手に想像していることだと自分に言い聞かせながら、話の続きを促した。
「あそこの、レオナルド様のご親族に当たる方は、シリング様と仰いましたね」
「ああ。亡き妻の係累だ」
「あの方は『辺境伯がとっととくたばったらレオナルドの後見人になって、ここを好きなようにできるのに。あんな得体の知れない女に、後継者を生ませてたまるか』とでも、考えていそうなお顔ですね。そんな心配は無用ですのに」
「……そうか。まあ、それくらいは思っていそうだな」
元からハイエナのような奴だと思ってはいたがな、とは思ったものの、それでもコンラートはまだ冷静だった。しかし次のセーラの台詞で、無意識に顔を強張らせた。
「それから、あそこにおられる、国境沿いの村の管理を任されているジャスト様ですが、『あからさまに王家がここの継承問題に絡んでくることになった以上、下手に揺さぶりをかけたら足がつくかもしれない。辺境伯夫妻の仲はそれほど悪くないようだし、グラウル様に早くお知らせしておかないと』などと、先ほど真剣なお顔で考えておられましたね」
「ちょっと待て。表情を読んだだけなのに、どうしてグラウルなどという固有名詞が出てくるんだ?」
鋭く指摘されてしまったセーラは、己の失態に気づいた。
(あら、失敗してしまったわ。こういう場合、王妃様は「笑ってごまかせ」と仰っていたわね。あのときの王妃様みたいに笑ってみましょう)
そんなことを考えたセーラは、以前のオリヴィエの笑顔を思い返しながら微笑んでみた。
「どうしてと言われましても……。なんとなく、そんな感じがしたものですから。コンラート様には、グラウルという名前にお心当たりがありますの?」
平然としらを切ったセーラだったが、その笑顔は清楚さの欠片もない、なんとも胡散臭い代物だった。それを目の当たりにしたコンラートは、当然信じることなどできず、眉根を寄せながら、小声でセーラを恫喝した。
「お前は……国王と王妃から、何を言い含められてきた? それに、密かに王家の手駒をこの城に引き込んだのか?」
「何、と言われましても……。特に何も? それに、私が連れてきたのは侍女のアニーだけですし、今回の同行者は明日には王太子殿下とともに王都に戻りますが」
「この……」
キョトンとしながら反論してきたセーラに、コンラートは唸り声を上げかけた。しかしここで、穏やかな声がかかった。
「失礼します。ご領主様、奥様。本日はご結婚、おめでとうございます」
その声で我に返ったコンラートは、慌てて笑顔を取り繕い、声のした方に向き直った。
「あ、ああ、ディノン。来てくれたのか。セラフィーナ。彼は以前、ここの騎士団の団長を務めていたのだ。私の剣の師でもある」
「まあ、お会いできて光栄です。初めまして」
「いやはや、お美しい奥方様にお目にかかれて、目の保養ですな」
それからは再び招待客が途切れることなく二人のもとを訪れ、コンラートは披露宴の終了まで、苛立ちと疑念を抱えたまま過ごす羽目になった。




