(2)驚愕と動揺
「それは大変失礼いたしました。王城で色々と忠告されたので、万事控えめにして、余計な波風を立てないようにしようと考えていたものですから。邪推と言われても仕方がありませんね」
「セーラ様だったら、不必要に揉め事を起こすような方には見えませんし、大丈夫だと思いますよ?」
「ありがとうございます」
そこで、二人の会話に一区切りついたと判断したコンラートは、内心の動揺を押し隠しながら冷静に告げた。
「賢明な判断でなによりだ。一応、あなたには辺境伯夫人としての待遇を与えるが、レオナルドに関しては、一切余計な口出しをしないでもらいたい。私の妻として、息子の母親としての役割など、あなたには微塵も求めていないから、そのつもりでいてくれ。これに関しては、国王王妃両陛下にもご了解いただいている」
「それについては、私も母上から聞いております。王家として、異論はありません」
「私も承知しております。そういうわけですから、レオ。私のことは、少し年の離れた姉くらいに思っていただければいいですから」
「え? 父上? あの、王太子殿下もセーラ様も、一体、何を仰っているのですか?」
思いも寄らないことを告げられたレオナルドは、狼狽しながら目の前の大人たちを見上げた。その一方で、微笑みながら頷くセーラを、面白くなさそうに眺めたコンラートは、斜め後ろを振り返りながら命じた。
「それでは長旅で疲れているだろうし、早速休んでもらおうか。カリナ、後を頼むぞ」
それを受けて、コンラートの後方から年配の女性が進み出た。
「セラフィーナ様、王太子殿下。侍女長のカリナと申します。以後、よろしくお願いします」
「ああ、滞在中はよろしく頼むよ」
「こちらこそ、同行してきた侍女ともども、よろしくお願いします」
「それでは、お二方のお部屋へご案内します。どうぞこちらへ」
早速歩き出そうとしたカリナだったが、そんな彼女をセーラは引き止めた。
「あ、カリナ。ちょっと待ってもらってもいいかしら?」
「はい、構いません」
無表情のままカリナが足を止めると、セーラは彼女から離れてコンラートの方へ歩き出した。
「コンラート様。ちょっとこちらに来ていただけますか?」
「どうかしましたか?」
軽く手招きしながら控えめに声をかけたセーラに、彼は不審に思いながらも歩み寄った。そして二人が他の者たちから少し離れると、セーラが真剣な面持ちで囁く。
「皆様の並びの中で、後列にいる緑色の上着の方ですが、私が万が一散財して予算の再編成を余儀なくされたら、臨時に帳簿を精査される可能性が生じて困る、というような表情をされています。どうして精査されると困るのでしょう? それに、定期的に帳簿は精査されているはずですが、前回の精査では、何かを隠すために細工をしたということでしょうか?」
「なんだと?」
コンラートは瞬時に険しい表情になったが、セーラは恐れげもなく言葉を継いだ。
「私、人の表情を観察して考えていることを読み取るのが、他の方より少しだけ得意ですの。それでは失礼いたします」
一方的にそう告げると、セーラは待たせていたカリナに続いて、リュシオンや王都から同行してきた役人たちと共に大広間から出て行った。それを見送った男たちが一気に緊張から解放され、遠慮のない感想を口にし始めた。
「整った顔立ちでしたが、何やら妙な方でしたな」
「まともな方とは思っていませんでしたが。何と言っても、例の十三年前の騒動の原因の方ですし」
「確か、あの方の言動のせいで、側室が産んだ第一王子が、実は陛下の血を引いていないことが露見したのですよね?」
「あの騒ぎは凄かったらしいな。結局、側室に連なる家々がこぞって没落したし」
「あの方のご実家もその憂き目を見て、あの方を絶縁して修道院に放り込んだのだろう? なんとなく浮世離れしているとは思ったが」
好き勝手に言い合いながら解散していく家臣たちをよそに、コンラートは目配せして、長年の重臣を呼び寄せた。
「何かご用ですか?」
「ラング。戯言とも思えるが、至急、内密に調査してほしいことがある」
「……何事ですか」
真剣そのものの主君の表情を見て、ラングも瞬時に顔つきを改めてコンラートと並んで歩き出した。
※※※
リュシオンと別れ、セーラが与えられた部屋に落ち着くと、他の侍女から茶器を受け取ったアニーが、早速お茶を淹れた。そして、セーラの前にカップを置きながら、さりげなく尋ねてみる。
「セーラ様。先ほどのお出迎えの場面で、皆様の考えを幅広く探ってみたのですよね?」
それにセーラは、事もなげに頷いた。
「一応ね。初対面のときに、念のために確認しておくよう、王妃様に指示されていたから」
「それで、親切にも早速辺境伯様に教えて差し上げたのですか? ですが、素直に信じてもらえるとは思いにくいですし、下手をすると、胡散臭く思われるだけだと思うのですが」
別れ際の様子から推察したことを、アニーが口にした。さらに、控えめに苦言を呈してみたのだが、それを聞いてもセーラはまったく動じず、冷静に言葉を返した。
「私の話を信じる信じないは、向こう次第でしょう。その結果まで私が責任を負う必要はないと思うの。これからは一応夫婦になるわけだし、それなりの誠意は示すべきだと思っただけだから」
「それもそうですね。セーラ様の判断にお任せします」
こうなったら、なるようにしかならないだろうと、アニーはあっさりと腹を括り、話を終わらせて荷物の整理に取りかかった。




