(1)予想通りの展開
ごく少数の者に見送られて王城を後にしたセーラたちは、数日をかけて辺境伯領に到着した。グレンバル城に花嫁一行を乗せた馬車列が吸い込まれていくのを、周囲の領民たちが興味深そうに見守る。ほとんどの者が、領主の結婚が決まった経緯を知っているだけに、城の内外で花嫁一行に向けられる視線は微妙なものにならざるを得なかった。
「それでは姉上、足元に気をつけてください」
「はい、王太子殿下」
行列には一際豪奢な馬車が二台あり、その一方から降り立った王太子リュシオンが、もう一台の馬車に歩み寄った。既に御者によってステップがつけられており、開けられたドアの向こうにいるセーラに、リュシオンが呼びかける。すると、すぐに涼やかな声が聞こえてきたが、それを聞いた彼は苦笑した。
「これまでの道中で何度かお伝えしましたが、あなたはれっきとしたわが国の王女で、私の姉ですから。リュシオンで構いませんよ?」
「申し訳ありません。でも、殿下の名前を呼び捨てには……」
「仕方がありませんね。そのうち慣れるでしょう」
それほど問題視していなかったリュシオンは、セーラの控えめな主張に苦笑を深めただけだった。彼はセーラをエスコートしながら、案内役に従って城の奥へと進んだ。
ぞろぞろと何人も引き連れて歩くうちに、セーラたちは城内で一番の広さがある大広間に到達する。そこでは当主であるコンラートを筆頭に、家中の主だった面々が揃って一行を待ち受けていた。彼らはセーラを目にすると、その清楚な美しさに一瞬魅了されたようだったが、すぐに気を引き締めて真顔になった。その反応を、リュシオンは笑いを堪えながら眺めていた。
(さて、我が姉上は、ここをどのように引っかき回してくれるのかな?)
しかしリュシオンは素知らぬ顔のままセーラをエスコートして、コンラートの目の前で足を止めた。すると表面上は礼儀正しく、コンラートが歓迎の言葉を口にする。
「王太子殿下、セラフィーナ嬢。王都からここまで、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。お疲れでしょうから、今日はゆっくりお休みください。挙式と城内での披露宴は二日後になりますので、細かい打ち合わせは明日にいたしましょう」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
大広間で花嫁一行を出迎えたグレンバル辺境伯コンラートは、内心の不機嫌さを押し隠しながら淡々とセーラたちを迎え入れた。そんな彼の態度をセーラは予想できており、リュシオンと社交辞令を交わしている彼を無言で眺める。そのままセーラは、予定通りここで自分の能力を発動させることにした。
(完全解放は久しぶりだけど、面倒なことは先に済ませておいたほうがいいと、王妃様も仰っていたものね。それでは……解放)
セーラが密かに、普段は制御している自分の能力を完全に解放すると、目の前のコンラートの考えが頭の中に流れ込んできた。
『まったく、面倒な。後継者としてレオナルドがいるし、後妻など迎えるつもりはなかったものを。我が家の勢力と兵力を妬んで、ちょっかいを出してきた馬鹿どものせいで、こんなことに。それにしても、そいつらの横槍を防ぐために、王家が無理矢理王女を仕立て上げて送り込んでくるとは思わなかったぞ。しかも、よりにもよって我が家に寄越したのが、得体の知れない《《これ》》とはな。確かに見た目は整っているが、頭が軽そうな女じゃないか』
きちんと体面を取り繕ってはいるものの、彼の内心では不平不満と疑念が渦巻いていた。それを認めたセーラは、腹を立てるどころか深く納得する。
(辺境伯様の立場としては当然でしょうね。予想に違わないお考えで、さすがは王妃様だわ)
その内容は、辺境伯はこんなことを考えているだろうとオリヴィエから聞かされていた話と大差なく、セーラは改めて彼女への尊敬の念を深めた。そこでコンラートが、隣に立つ子どもを紹介した。
「こちらは息子のレオナルド。今、八歳です」
「初めまして、セラフィーナ様。よろしくお願いします」
「レオナルド様。こちらこそ、よろしくお願いします」
話には聞いていたけれど、本当に可愛らしい、とセーラがほっこりしていると、レオナルドはどこか不安そうな面持ちでセーラを見上げてきた。
『綺麗な人だな。でも、これからこの人を「母上」と呼ばないといけないのかな? あまりそんなふうに言いたくないんだけど……。でも、変な呼び方をしたら怒られるかもしれないし……』
そんな不安と困惑に満ちたレオナルドの考えを読んだセーラは、彼の立場であればそう思うのも当然だと考えた。そこでセーラは、いったん自分の能力を封印してから、真顔で彼に話しかけた。
「レオナルド様、よろしいですか?」
「はい、セラフィーナ様。何でしょうか?」
「私を無理に母上と呼ばなくても構いません。あなたのお母様は、亡くなられた前辺境伯夫人だけなのですから。ですから私のことは、セラフィーナかセーラと名前でお呼びください」
セーラが真摯にそう申し出ると、なぜかレオナルドは口ごもりながら弁解した。
「あ、いえ……違います。決して母上と呼びたくないというのではなくて、母上と呼んだらセラフィーナ様に申し訳ないと思いまして……」
「あら、どうしてですか?」
セーラは不思議に思いながら小首を傾げた。すると、レオナルドが大真面目に言い出す。
「セラフィーナ様は、十八歳だと聞いています」
「はい、そうです。それがどうかしましたか?」
「三十歳の父上より、僕のほうがセラフィーナ様と年が近くて、僕と十歳しか離れていません。ですから、あまり年が離れていない子どもに母上と呼ばれるのは、嫌ではないのかと思いましたので……」
息子が年齢差に言及した途端、コンラートはわずかに片眉を上げ、そんな彼を見たリュシオンは笑いを堪えるように口元を歪めた。そして、そんな考えまでは読み取っていなかったセーラは、レオナルドのような子どもが見ず知らずの自分を気遣ってくれたことに対して、感動を覚えた。
「まあ……。お気遣いありがとうございます。私は年齢差などは気にしませんが、レオナルド様に母上と呼ばれたら周囲の皆さんが気分を害するかもしれませんので、やはり私のことは名前で呼んでいただけないでしょうか?」
重ねて要請されたレオナルドは、素直に頷いた。
「分かりました。それではセーラ様とお呼びします。ですから僕のことは、レオナルドかレオと呼んでください」
「分かりました、レオ」
「ですが、どうして僕があなたを母上と呼んだら、皆の機嫌が悪くなるのですか?」
不思議に思ったレオナルドは、率直に疑問を口にした。そこでセーラは、先ほど能力を解放した際に把握した、大広間にいる者たちの考えを抜粋して説明する。
「それは『無理やり仕立て上げた王女もどき』とか『いかにも見た目だけの頭が軽そうな女』とか『使い放題の財布を手に入れたと勘違いされたら困る』とか『王都の連中から面倒なものを押しつけられた』とか『修道院育ちの厄介者』とか『あの程度の容姿で辺境伯を誑かせると思われたのは腹立たしい』とか、他にも色々と、私のことを快く思っておられない方々が、早速、辺境伯の後継者を手懐けたと、反感を抱くのではないかと思いましたので」
「…………」
セーラがにこやかに語った内容を耳にした周囲の男たちは、揃って顔を強張らせた。しかしレオナルドは、怪訝な顔になって控えめに反論する。
「はい? そこまで失礼なことを思っている人間は、ここにはいないと思いますよ? 皆、セーラ様を歓迎していますから。それとも、城に入ってからここへ来るまでに、何か不快なことでもあったのですか?」
レオナルドに余計な心配をかけるつもりはなかったセーラは、微笑んで会話を終わらせることにした。




